赤いソースに、焼き目のある鶏を戻す
オーブンから出した鶏肉の端が、赤茶色に焦げています。皿に移す前にひとつ割ると、表面は香ばしく、中にはまだ肉汁が残っている。そのまま食べてもおいしそうなのに、この料理では、これを別の鍋で煮詰めたソースへ戻します。
鍋の中では、トマトの酸味にバターが溶け、クリームが角を丸くしています。鶏の焼き目がソースに触れた瞬間、香りは「焼き鳥」から「食堂のカレー」へ動く。バターチキンの面白さは、鶏を煮込んで柔らかくすることだけではなく、焼いた鶏と、なめらかなソースを最後に出会わせるところにあります。
現地名はムルグ・マカニ(murgh makhani)。ムルグは鶏、マカニはバター風味のものを指します。日本でよく見るバターチキンは、タンドールで焼いた鶏を使う北インドのレストラン料理を、家庭向けに組み直したものです。ここでは骨なし鶏もも肉をヨーグルトとスパイスに漬け、230℃のオーブンで先に焼きます。タンドールの煙を完全に再現するのではなく、表面の焼き目と肉の水分を守る設計です。
一晩の漬け込みがあるので、30分で食卓へ出す料理ではありません。その代わり、前日の夜に鶏を漬けておけば、当日はソースを作って焼き、合わせるだけです。鍋ひとつで濃い味を出したい人には向きません。焼き目、トマトの煮詰まり、最後のクリームの順番まで確かめながら作りたい人なら、買い足すものも少なく、家庭のオーブンで十分に満足できます。

鶏肉は骨なしもも肉を4〜5cmの一口大に切り、ヨーグルトのマリネに6〜8時間置きます。230℃で18〜22分焼き、厚い部分の中心まで75℃で1分以上加熱できたことを確認します。ソースは別鍋で煮詰めてから、鶏と合わせます。
デリーの食堂とバターチキンの由来
バターチキンの由来を調べると、デリーのダリヤー・ガンジ地区にあるモティ・マハルの名前が必ず登場します。デリー観光局は、1950年代にモティ・マハルで生まれた料理として紹介しています。タンドールで焼いた鶏の肉汁や残った鶏を無駄にせず、バターとトマトを加えたソースへ合わせた、という説明です。乾きやすい鶏を翌日に回すための知恵が、濃い赤いグレービーになった。こう聞くと、バターチキンの濃厚さは、最初からぜいたく品を積み上げた結果だけではないと分かります。
ただし、誰が最初に作ったのかについては説明が割れています。モティ・マハル側の公式な物語はクンダン・ラル・グジュラルを中心に語り、同じダリヤー・ガンジで営業するダリヤー・ガンジ側は、クンダン・ラル・ジャッギとその家族の功績を主張しています。両者は分離独立後のデリーで店を始めた料理人の系譜と、タンドール料理の記憶をそれぞれ受け継いでいるためです。ナショナル ジオグラフィックやインディアン・エクスプレスも、この発祥をめぐる家系間の対立を紹介しており、料理の起源をひとつの店の広告だけで断定するのは慎重であるべきだと伝えています。
発明者を決めることより、家庭で再現するときに共通点を使うほうが役に立ちます。先にタンドールで焼いた鶏と、あとから作るトマトとバターのソースは別工程です。鶏を最初からソースで煮れば、肉はソースの水分を吸って柔らかくなる一方、焼き目の香りは薄くなります。先に焼けば、表面の焦げと肉汁が残り、最後にソースをまとわせたときに味の層が増えます。
ダリヤー・ガンジは、古いデリーの市場や食堂が集まる地域です。食卓の中央に料理を一皿ずつ静かに置くというより、焼いた肉、パン、ソース、飲み物が近い距離に並び、手を伸ばして組み合わせるような食事の気配があります。バターチキンだけをスプーンで味見すると、甘く濃い料理に感じるかもしれません。ナンをちぎってソースをすくい、焼き目のある鶏を一緒に運ぶと、酸味と香ばしさが先に来て、バターは後ろから口当たりを整えます。
この料理は「バターを多く入れた鶏カレー」ではなく、焼き料理とソース料理を一皿へ戻したものです。由来の説明が違っても、家庭で守るべき判断は変わりません。鶏は焼く。トマトは生の匂いが消えるまで煮る。クリームは最後に入れて沸騰させない。この三つを分けると、デリーの食堂から遠く離れた日本の台所でも、料理の構造を崩さずに作れます。

味を決めるのは、バターより先の焼き目
バターチキンの味を説明するとき、バターや生クリームの量に目が行きます。けれども、家で作ったときに「何かが違う」となりやすいのは、乳製品より鶏の表面です。ヨーグルトのマリネをまとった鶏を、フライパンの弱火で水分を出しながら焼くと、白い蒸し鶏に近づきます。ソースの中で煮れば味は入りますが、タンドール料理らしい香りの入口がなくなります。
レストランのタンドールは、強い熱で短時間に表面を焦がします。家庭では、オーブンを230℃まで予熱し、鶏同士の間隔を空けて焼くのが近道です。天板に水分がたまると蒸し焼きになるので、マリネ液を厚く塗りすぎない。10分で一度裏返し、端が茶色くなって、肉の表面が乾いたように見えたら次の工程へ進みます。黒い焦げを目指す必要はありません。香ばしい斑点が数か所あれば、ソースの赤と混ざったときに十分な奥行きが出ます。
ソース側は、トマトの酸味、バターの丸み、クリームの厚み、カスリメティの乾いた香りで組み立てます。カスリメティは乾燥フェヌグリークの葉で、指で軽くもむと、甘さのある草の香りが立ちます。これを入れると一気にインド料理らしくなりますが、近所のスーパーで見つからなければ、無理にバジルや青のりで置き換えないほうがよいでしょう。香りの方向が変わるためです。省略して、仕上げにガラムマサラを少量足すほうが、全体の軸を保てます。
チキンティッカマサラと似て見えるのも自然です。どちらもスパイスで下味をつけた鶏を、トマト系のソースと合わせる料理として広く知られています。ただし、レシピ名や店によって使うスパイス、甘さ、クリームの量は大きく変わります。ここでは別料理を優劣で比べず、ムルグ・マカニの目印を「焼いた鶏を、バターを含むなめらかなトマトソースに戻すこと」と置きます。この目印があれば、家庭用の代替を選ぶときに迷いにくくなります。

買い物で守るのは、香りの骨格と容量
この料理のために、全部の材料を輸入食品店でそろえる必要はありません。鶏もも肉、ヨーグルト、トマト、生クリームは、いつものスーパーで大丈夫です。買う理由があるのは、仕上げの香りを決めるガラムマサラと、カスリメティです。特にガラムマサラは、商品ごとにカルダモンやシナモンの出方が違うため、カレー粉で代用すると別の方向へ寄ります。
ただし、ガラムマサラを大容量で買うのは、インド料理を続ける人に限ります。月に一度このレシピを作るだけなら、手元にある調合スパイスを使うか、少量パックを近所で探しても十分です。下のカードは、リンク先の容量表示と原材料を確認したうえで、ビリヤニ、タンドリーチキン、豆料理などにも使う人が買う候補です。1回分だけを求める人、棚に1kgを置きたくない人は見送ってください。
リンク先で確認したい一点は、ガラムマサラの容量と、塩や着色料を含むかどうかです。このレシピは無塩の調合粉を前提に塩を7gで組んでいるため、味つきタイプならマリネの塩を減らします。
ソースをなめらかにする道具は、料理頻度で決める
ソースにカシューナッツを入れるなら、最後に粒を残さないことが食感の分かれ目です。ハンドブレンダーがあれば鍋の中でつぶせますが、家庭用ミキサーへ熱いソースを満杯に入れるのは危険です。粗熱を取り、容量を守り、ふたを押さえて少量ずつ回してください。こし器を使えば、ブレンダーなしでもトマトの皮や種を減らせます。

このレシピを年に数回作るだけなら、木べらでカシューナッツを細かくつぶし、最後にざるでこす方法で十分です。スープ、フムス、ポタージュも週に一度ほど作るなら、専用のブレンダーやフードプロセッサーで調理の手間を減らせます。下のカードは3.6L、700Wの大容量モデルなので、バターチキン4人分だけのために買う道具ではありません。リンク先で確認する一点は、モデル名RM-5200Fと容量3.6L、700Wの表記です。収納場所がなく、少量ソースだけを作りたい人は見送ってください。
失敗は、味より水分の順番で戻せる
バターチキンは、味を足すより濃度を戻すほうが直しやすい料理です。ソースが薄いからといって、ガラムマサラを増やしても香りだけが強くなります。まず鍋の水分、次に酸味、最後に乳製品を見ます。

| 困った状態 | 主な原因 | 戻し方 |
|---|---|---|
| ソースが薄く、鶏から流れる | トマトの水分が多い、煮詰め不足 | 鶏をいったん取り出し、弱めの中火で3〜5分。木べらの線が2秒残るまで煮る |
| トマトの酸味が刺さる | 煮込み不足、トマトの品種差 | 弱火で5分延長し、バター5gとはちみつ小さじ1/2を加える |
| 甘さが前に出る | はちみつやトマトの糖度が高い | 火を止め、レモン汁を小さじ1、塩をひとつまみずつ加える |
| 鶏が硬い | 切り身が小さい、焼きすぎ、中心温度を確認するまで加熱し続けた | ソースへ戻し、ふたをして弱火で3分。次回は厚さをそろえ、焼き時間を短くする |
| 辛さが強い | チリパウダーが多い | 生クリームを大さじ1ずつ加える。水で薄めず、塩を最後に調整する |
| ソースが油っぽく分離した | 強火で乳製品を沸かした | 火を止め、熱い湯大さじ1を加えて泡立て器でゆっくり混ぜる |
カスリメティが見つからないときは、まず省略してください。乾燥バジルやローリエを大量に入れると、別の香りが立ってしまいます。ガラムマサラも一度に増やさず、仕上げに小さじ1/4ずつ足します。香りの強さは、鍋の中では物足りなく感じても、ナンやライスと食べるとちょうどよくなることがあります。
鶏をソースへ入れた後は、弱火で短く温めます。強火で煮ればソースは濃くなりますが、鶏の表面から水分が抜けます。味が足りないように見えるときは、まず一口をナンと一緒に食べてから決めます。ソースだけを味見すると、パンや米が吸う分を見誤りやすいためです。
デリーの皿は、ソースだけで決まらない
日本の店でバターチキンを頼むと、ソースが皿いっぱいに広がり、ナンを何度も浸せるように盛られることがあります。家庭でもその盛り付けは楽しいのですが、デリーの食堂料理として考えると、ソースだけを食べる皿ではありません。タンドールで焼いた鶏の香り、パンの小麦、トマトの酸味を一口の中で組み立てる料理です。
北インドのレストランでは、骨なしのチキンティッカを使う店もあれば、骨つきの鶏を使う店もあります。骨なしならソースをすくいやすく、骨つきなら煮込みの旨味が出ます。カシューナッツを使って厚みを出すレシピもあれば、トマトとバターを中心に軽く仕上げるレシピもあります。辛さだけで地域差を決めるのではなく、鶏の焼き方、ソースの濃さ、乳製品の量に幅があると考えるほうが実態に近いでしょう。
日本で作るときは、現地の部品を全部そろえるより、代替してよいところと、守るところを分けます。鶏もも肉は、日本のスーパーの皮なし肉で問題ありません。タンドールは230℃のオーブンで置き換えられます。トマトパッサータはホールトマトをこせます。ナンは市販品でよく、バスマティライスがなければ日本米でも食卓は成立します。
一方で、ガラムマサラを一般的なカレー粉へ変えると、料理の香りの骨格が変わります。カスリメティは入手できなければ省略できますが、別のハーブを足して同じ香りにしようとしない。生クリームを牛乳へ変えるなら、ソースが軽くなることを前提にする。これらを知っていれば、代用品を使うことが失敗ではなく、どこが変わったか分かったうえでの家庭料理になります。
付け合わせは、脂と酸味のバランスで決めます。濃いソースにバターたっぷりのナンを重ねる日は、きゅうりのライタや玉ねぎの薄切りを添えると皿が落ち着きます。バスマティライスへ合わせる日は、付け合わせを軽くして、ソースを少なめに盛るほうが香りが分かります。インド料理のライタを先に用意し、肉をタンドール風に焼く工程をもっと深く知りたい人は、タンドリーチキンの焼き方も参考になります。

食卓へ出すときの三つの分岐
| 食べる人・場面 | 盛り付け | 味の調整 |
|---|---|---|
| 家族でナンをちぎる | ソースを多めにして浅い皿へ | 辛さを控え、酸味を少し残す |
| ごはんで昼食にする | 鶏を中央、ソースをかけすぎない | はちみつを増やさず、ガラムマサラを控える |
| 翌日の弁当や作り置き | 鶏とソースを同じ容器へ | クリームを少し控え、温め直しで分離しにくくする |
保存した翌日は、ソースが落ち着く
食べ終わった鍋をコンロの上に置いたままにすると、クリーム入りのソースはゆっくり冷めます。粗熱を取る時間は必要ですが、室温に長く置くこととは別です。食べる分を取り分けたら、残りは浅い保存容器へ移し、2時間以内を目安に冷蔵庫へ入れます。鶏肉は中心まで加熱していても、保存の扱いで安全性が変わります。
冷蔵したバターチキンは、3日以内を家庭での目安にします。USDAは調理済みの肉や鶏肉の残りを冷蔵で3〜4日と案内していますが、生クリームを含むこのレシピでは、香りと食感が保ちやすい3日以内に寄せます。冷凍する場合は、鶏とソースを一食分ずつ分け、完全に冷ましてから密閉します。解凍後はソースが分離しやすいので、鍋へ移して弱火で温め、湯を小さじ1ずつ足しながら混ぜます。
温め直しは電子レンジでもできますが、600Wで1分ずつ加熱し、そのたびに中央から混ぜます。鍋なら弱火でふたをし、焦げないように湯を少し足します。中心までしっかり熱くなり、鶏の厚い部分が75℃で1分以上になることを確認します。厚いソースの表面だけが熱くても、中心が冷たいことがあります。

保存後に油が表面へ浮いても、すぐに失敗とは限りません。冷えるとバターが固まり、温めると分離して見えることがあります。弱火へ戻し、湯を小さじ1ずつ入れて混ぜるとまとまりやすくなります。酸味や香りが弱くなったときは、食べる直前にカスリメティを少量もむか、ガラムマサラをひとつまみ加えます。
よくある質問

タンドールがなくても、本場らしく作れますか?
タンドールと同じ煙や熱の動きにはなりませんが、230℃のオーブンで鶏をソースと分けて焼けば、料理の構造は保てます。魚焼きグリルを使う場合は、強火で表面を見ながら焼き、厚い部分の中心まで75℃で1分以上加熱します。焦げやすいので、オーブンより短時間で確認してください。
鶏むね肉へ変えてもよいですか?
変えられますが、厚さ2cm程度にそろえ、焼き時間を15〜18分から確認します。鶏むね肉は脂が少ないため、マリネ液を厚く残し、焼き上がり後に長く天板へ置かないことが大切です。しっとり感を優先するなら、鶏もも肉を選ぶほうが失敗しにくいです。
カレー粉だけで作れますか?
作れますが、ムルグ・マカニの香りとは別方向になります。カレー粉はターメリックやクミンなどの比率が製品ごとに違い、色と香りが前へ出やすいからです。ガラムマサラがなければ、マリネのスパイスを減らし、仕上げを黒こしょう少々にするほうが、強いカレー粉で上書きするよりまとまります。
カスリメティが手に入りません。
省略して問題ありません。カスリメティは仕上げの甘い草の香りを加える材料で、ソースの濃度や鶏の火入れを決めるものではありません。乾燥バジル、オレガノ、青のりなどで置き換えると、料理の香りの方向が変わります。次にインド食材を買う機会があれば、少量のカスリメティを試す順番で十分です。
ソースが赤くならず、オレンジ色になります。
トマトの濃度、バターの量、クリームを入れた順番で色が変わります。トマトを12〜15分煮てからバターを加え、クリームは最後に入れてください。赤色だけを強くしたいからといって、チリを増やす必要はありません。辛さを変えずに色を出したいときは、カシミールチリやパプリカを選びます。
ブレンダーなしで、なめらかにできますか?
カシューナッツを省略し、トマトをこして使えば、木べらだけでも作れます。カシューナッツを使う場合は、煮込み前にぬるま湯へ20分浸し、包丁で細かく刻んでから加えると粒が減ります。最後にこし器を通すと、ブレンダーのない台所でもソースの口当たりを整えられます。
参考文献
- Delhi Tourism, "Purani Delhi Food"(デリー観光局、発祥とオールドデリーの食文化、参照日: 2026-07-18)
- National Geographic, "What is butter chicken and where is it from?"(由来をめぐる複数の説明、参照日: 2026-07-18)
- The Indian Express, "Butter chicken of irresistible flavour, culinary rivalry, fight for legacy"(デリーの店と発祥論争、2025-01-10、参照日: 2026-07-18)
- Moti Mahal, "Our Story"(モティ・マハル側の公式な由来説明、参照日: 2026-07-18)
- Daryaganj, "Our Legacy"(ダリヤー・ガンジ側の公式な由来説明、参照日: 2026-07-18)
- Great British Chefs, "Murgh makhani - butter chicken"(材料構成と調理の比較参照、参照日: 2026-07-18)
- 厚生労働省「お肉による食中毒の原因や予防方法について紹介します」(肉の中心部の加熱目安、参照日: 2026-07-18)
- USDA FSIS, "Chicken from Farm to Table"(鶏肉の加熱と残り物の扱い、参照日: 2026-07-18) 焼いた鶏を先に作り、トマトを煮詰め、最後に低い火で合わせる。この順番を守れば、タンドールのない台所でも、ソースの中に焼き目が沈む瞬間を作れます。ガラムマサラは複数のインド料理へ回せる人だけ買い、道具はこの料理以外にも使う予定がある人だけ選ぶ。大容量のスパイスや道具を買わなくても、この一皿は成立します。次に作る料理まで決めてから、買い物かごへ入れてください。











