ひき肉のパイから、ケベックの冬へ

焼き上がったパイにナイフを入れると、薄い生地がぱりっと割れ、豚肉と牛肉のフィリングから湯気が上がります。
先に届くのは肉の香りではなく、オールスパイスの甘く温かい香りです。
トゥルティエール(tourtière)は、カナダのケベック州で食べられてきた肉詰めパイです。
とくにクリスマスから新年にかけての祝宴「Réveillon(レヴェイヨン)」と結びつき、家族ごとに香辛料や肉の組み合わせが違う料理として紹介されています。
ただし、ケベックのトゥルティエールを一つの形だけで覚えると、現地の食卓の面白さを取りこぼします。
モントリオールなどでよく知られるのは、豚肉や牛肉のひき肉を浅いパイに詰めるタイプです。
対して、ラク・サン・ジャン地域の「tourtière du Lac-Saint-Jean」は、角切りの肉とじゃがいもを深い器に重ね、長く焼く大きなパイとして知られています。
ここで焼くのは、家庭のオーブンで火を通しやすいモントリオール風のひき肉タイプです。
買い物で迷いやすいのは、オールスパイスと生地を作る道具です。深いタイプへ寄せるときの変更点も、工程のあとで比べます。
20cmの浅めのパイ皿に、豚ひき肉と牛ひき肉、じゃがいも、オールスパイスを合わせます。具を先に火入れして冷ますため、生地の底が湿りにくく、初めてでも焼き上がりを見分けやすい構成です。
オールスパイスと生地を生かす三つの判断

香りは増やすより、焦がさない
オールスパイスは小さじ1/2でも肉の甘い香りを押し出します。
肉を焼く前に入れると玉ねぎの水分で香りがぼやけ、最後に大量に入れると粉っぽく残ります。
肉の赤みが消えた直後に30秒だけ油へ触れさせると、香りが立ち、焦げる前にブロスで伸ばせます。
すでにシナモンやクローブを含むスパイスミックスがあるなら、まず少量を使い、クローブを追加しないでください。
じゃがいもは具を固めるためではなく、肉汁を抱かせる
すりおろしたじゃがいもは、煮汁を吸って具をつなぎます。
水分が残ったまま冷ますと、具が冷えても底へ汁が集まり、パイの底が柔らかくなります。
へらの跡が2秒ほど残るまで煮詰め、それでもゆるければ弱火で3分ずつ追加してください。
逆に煮詰めすぎてぱさついたら、ブロスを大さじ1ずつ戻して、具が押すとまとまる状態へ戻します。
フードプロセッサーは「毎回必要」ではない
冷たいバターを細かく切り、生地を短時間でまとめる作業には向きます。
ただし、20cmのパイ1台なら、スケッパーやフードプロセッサーを使わず、指先で作っても十分です。
パイやタルトを月に何度も焼く人、手の熱でバターを溶かしやすい人、二台分を同時に作る人なら、3.6Lの容器を持つ機種が作業を安定させます。
反対に、年に一度のトゥルティエールのためだけに置き場所を増やしたくない人は見送れます。
購入を検討するなら、カードを開いた先で商品名、容量3.6L、出力700W、セット内容を確認してください。
ケベックでは、同じ名のパイが深くなる

tourtièreという名前は、どこでも同じ厚さや具を指すわけではありません。
ケベック州の料理資料では、牛肉、豚肉、鶏肉、狩猟肉などをひき肉または角切りで使い、地域や家族によって配合が変わる料理として説明されています。
モントリオール周辺で広く知られるタイプは、ひき肉と玉ねぎを香辛料で煮て、上下の生地で包む形です。
対して、ラク・サン・ジャンのタイプは、深い器に角切りの肉とじゃがいもを重ね、具の上へ生地をかぶせて長く焼きます。
この違いは、どちらが正しいかを争うためではありません。
同じ料理名が、土地の肉の手に入り方、家族の人数、焼く器の大きさを吸収してきた結果です。
浅い生地にひき肉を詰める今回の型は、英語圏のレシピで「classic tourtière」やモントリオール風として紹介されることが多いタイプです。深い器で角切り肉を長時間焼く「tourtière du Lac-Saint-Jean」は、同じ名前でも別の組み立てとして考えます。
もしラク・サン・ジャン風へ寄せるなら、牛肉と豚肉をそれぞれ200g、鶏もも肉または鹿肉を150g、じゃがいもを250gにします。
肉は5mmから1cm角に切り、ブロスを250mlへ増やします。
深さ7cmほどの耐熱皿に底生地を敷いて具を重ね、上生地の蒸気穴を大きく開け、180℃で90分から120分焼きます。
これは別料理への改造に近いため、初回は今回のひき肉タイプで香りと水分の基準をつかむと作りやすくなります。
付け合わせと日本の台所でのアレンジ

焼きたての一切れは、それだけで肉の甘みと生地の塩気がまとまっています。
そこへ酸味のあるものを添えると、脂の余韻が短くなり、次の一口が重くなりません。
まずは酸味を一つ
トマトケチャップ、粒マスタード、きゅうりのピクルスのいずれかを少量添えます。
カナダの家庭料理としての付け合わせは家ごとに異なるため、すべてをそろえる必要はありません。
りんごやクランベリーを使った甘酸っぱいソースにすると、クローブの香りが目立ちます。
肉を変えるなら、水分から見直す
豚肉を鶏もも肉へ替える場合は、皮なしのひき肉250gにし、ブロスを120mlへ減らします。
鶏むね肉だけでは脂が少ないため、オリーブ油小さじ2を追加してもよいでしょう。
牛肉だけで作る場合は、赤身率が高いひき肉を避け、煮込み後にぱさついていないか確認します。
鹿肉など脂の少ないジビエを使う場合は、現地のレシピをそのまま置き換えず、肉の供給元が示す安全な下処理と加熱条件を優先してください。
余ったパイは翌日に回す
完全に冷ましてから一切れずつラップで包み、冷蔵庫で2日以内に食べ切ります。
食べるときは、冷たいままではなく、180℃のオーブンで15分から20分、中心まで熱くなるよう温めます。
電子レンジだけだと生地が柔らかくなるため、先に電子レンジで40秒から60秒温め、最後にトースターで3分焼く方法もあります。
冷凍する場合は焼成後に完全に冷まし、1切れずつ包んで2週間を目安にします。
解凍は冷蔵庫で一晩行い、180℃で20分から25分、中心まで74℃以上を確認します。
トゥルティエールの背景を、食卓のサイズで読む

トゥルティエールの起源には複数の説明があります。
17世紀のケベックに肉詰めパイの記録を求める説明もあれば、料理名が鳥を入れたパイや調理器具の名前から変化したとする説明もあります。
起源を一つに固定できる資料はありません。フランス系入植者の食文化、冬に保存しやすい肉、手元の穀物や根菜を生地へ包む知恵が、地域ごとの形に分かれていったと考えられます。
ケベックの食卓では、レシピを毎回同じにすることだけが大切なのではありません。
クリスマスや新年の集まりに大きなパイを焼き、香辛料の配合や肉の切り方を家族の記憶として引き継ぐことです。
だから、シナモンを強くする家庭とタイムを前へ出す家庭があり、ひき肉の浅いパイと角切り肉の深いパイが同じ料理名を分け合っています。
今回の20cm型は、現地の大人数用の大きな器をそのまま縮小したものではありません。
日本の家庭で一度に食べ切れる量、具を冷ませる時間、オーブンの熱の回り方へ置き換えた型です。
料理の土地を尊重することは、材料を一つも変えないことではなく、何が味の中心なのかを見極めて、変えた部分を隠さないことでもあります。
このレシピは、二枚の生地、豚肉と牛肉の旨み、オールスパイスの温かい香りを残し、分量と焼き時間だけを家庭向けに変えています。
よくある質問

オールスパイスがありません。シナモンだけでも作れますか?
作れますが、香りは平たくなります。
シナモン小さじ1/2、ナツメグ小さじ1/4、クローブをひとつまみで近づけられますが、クローブは強く出やすいため、最初は少なめにします。
パイ皿がない場合はどうすればよいですか?
直径20cmで深さ4cmから5cmの丸い耐熱皿を使います。
金属の型なら底が焼けやすく、ガラスや陶器なら焼き色を見ながら5分ほど長く焼く場合があります。
皿の材質が変わると火の回りも変わるため、中心温度と生地の焼き色を優先してください。
フィリングが水っぽくなりました。
パイへ詰める前なら、フライパンへ戻して弱火で3分ずつ煮詰めます。
へらの跡が残り、具をスプーンですくっても汁だけが流れない状態まで戻します。
焼いたあとに水分が出た場合は、次回からじゃがいもをすりおろしたあと絞らず、ブロスを最初から大さじ2減らします。
ひき肉を全部豚肉にしてもよいですか?
豚ひき肉550gでも作れます。
牛肉の力強い香りが減るため、黒こしょうを小さじ3/4へ増やすより、タイムを小さじ2/3へ増やすほうが穏やかにまとまります。
脂が多いひき肉を使った場合は、煮込み後に浮いた脂を大さじ1まで取り除いてください。
焼いたパイはどのくらい保存できますか?
冷蔵なら2日以内、冷凍なら2週間を目安にします。
保存期間にかかわらず、食べるときは中心まで十分に再加熱し、においや見た目に異常があれば食べません。
あわせて作りたい北米の料理
肉とじゃがいもを生地へ包むトゥルティエールは、同じ北米でも「一皿を切り分ける」料理です。
ソースや付け合わせまで含めて食卓を組み立てたいときは、カナダの軽食として紹介したプーティンの作り方も合います。
パイを先に焼いておけば、食べる直前に付け合わせだけ整えられます。











