鍋肌に麺が当たった瞬間、炒麺は焼きそばから少し離れる
中華鍋に油をなじませ、ほぐした麺を広げると、最初の数十秒は何も起きていないように見えます。ところが麺の端が少し固まり、木べらで返した時に薄い焼き色が見える。その瞬間に、ただの「味付き麺」ではなく、炒めた麺としての香りが立ちます。
炒麺(炒麵 / 炒面 / chǎo miàn / chow mein)は、名前の通り「炒めた麺」を意味する中国の麺料理です。英語圏では chow mein の名で広がり、広東系、香港系、北米の中華料理店、インド中華、東南アジアの華人料理まで、それぞれの土地で姿を変えてきました。日本の焼きそばと近いようで、味の組み立ては少し違います。ソースの甘さで押すより、麺の表面を乾かし、鍋肌で焼き、しょうゆ、老抽、オイスターソース、白こしょうで香りを作ります。
この記事では、広東系の家庭炒麺を日本の台所で作りやすい形に寄せます。細い中華卵麺が手に入れば理想ですが、乾麺や蒸し焼きそば麺でも作れるように、麺の水分調整を分けて書きます。ビャンビャン麺のように麺そのものを打つ料理ではなく、買ってきた麺をどう扱うかが勝負です。
中国語では炒麵、簡体字では炒面、普通話のピンインでは chǎo miàn、広東語系では cháau mihn と表記されます。英語の chow mein は移民先で定着した綴りです。本記事では日本語本文では「炒麺」、英語名に触れる時だけ chow mein と書きます。
炒麺の背景、地域で変わる「炒めた麺」
炒麺は一つの固定レシピというより、調理法に近い料理です。Wikipedia では中国由来の炒め麺として整理され、広東を起点に華人移民とともに各地へ広がった料理として紹介されています。北米では「crispy chow mein」と「steamed chow mein」が分かれ、東海岸と西海岸で言葉の指すものが違うこともあります。インド中華では cabbage や carrot、green chilli を効かせた屋台風の chowmein があり、東南アジアでは現地の甘いしょうゆや魚醤と結びついた炒め麺が生まれています。
日本の家庭で作るなら、まず「水っぽくしない」ことを優先します。中華料理店の火力は家庭コンロより強く、野菜から出た水分も一気に飛ばせます。家庭では、麺を先に乾かし、鶏肉と野菜を分けて炒め、最後に短時間で合わせる方が、べたつかずに仕上がります。

現地性に寄せるなら、老抽(ダークソイソース)を少量使うと色と香りが近づきます。ただし入れすぎると黒く重くなるので、二人分で小さじ1からで十分です。オイスターソースは旨みの軸、紹興酒は香りの角を丸める役割です。紹興酒がなければ日本酒で代用できますが、老抽だけは濃口しょうゆとは別物なので、色を寄せたい時は少量でも用意する価値があります。
買い出しで迷う麺、老抽、鍋

近所のスーパーで買いやすい鶏肉、青梗菜、もやしは、材料表に留めます。通販を見る価値があるのは、細い炒め麺に近い乾麺、色を整える老抽、そして麺を広げて焼ける鍋です。中華鍋がなくても深型フライパンで作れますが、麺が重ならない広さはかなり大事です。
細い中華卵麺が見つからない時、パンシット・カントン用の乾麺は、蒸し焼きそば麺より水分を調整しやすい選択肢です。完全に同じ料理にはなりませんが、ゆでて乾かしてから炒める練習に向いています。
老抽は、少量で色とカラメルのような丸みを足します。チャー・クイティオのような東南アジアの炒め麺にも回せるので、炒め麺を続けて作るなら一本あると便利です。
炒麺は、鍋の中で麺を広げられるかどうかで変わります。中華鍋がなければ26cm以上の深型フライパンでも作れますが、二人分を一度に入れて混ぜるだけでは蒸し焼きになります。
日本で寄せる材料の線引き
炒麺は、全部を輸入食材で揃えなくても成立します。ただし、代えてよいものと代えにくいものを分けると、仕上がりの方向がぶれません。
| 迷うところ | 本場寄せ | 日本で現実的 | 仕上がりへの影響 |
|---|---|---|---|
| 麺 | 細めの中華卵麺 | 蒸し焼きそば麺、乾麺を短めにゆでる | 蒸し麺は水分が多く、乾かす工程が重要 |
| 色 | 老抽を小さじ1 | 濃口しょうゆ少量と砂糖 | 色の深さと香りは弱まる |
| 酒 | 紹興酒 | 日本酒 | 香りは軽くなるが家庭版として十分 |
| 野菜 | 青梗菜、もやし、椎茸 | 小松菜、キャベツ、しめじ | 水分が出やすい野菜は短時間で炒める |
| 肉 | 鶏肉、叉焼、えび | 豚こま、厚揚げ | 火通りに合わせて先に炒める |
| 鍋 | 中華鍋 | 広い深型フライパン | 一度に作る量を二人分までにする |
日本の焼きそば麺を使う場合、付属ソースは使いません。あの粉末ソースを入れると、日本の焼きそばとしてはおいしいのですが、炒麺のしょうゆと白こしょうの香りが隠れます。どうしても焼きそば麺しかない日は、麺を先に焼き付け、合わせだれの鶏がらスープを大さじ1に減らしてください。
辛くしたい時は、豆板醤を小さじ1/2だけ香味野菜と一緒に炒めます。ただし、これは四川風の家庭アレンジです。広東寄りの炒麺にしたい日は、辛さより白こしょうと老抽の香りを前に出す方がまとまります。麻婆豆腐のように豆板醤で赤くする料理とは、香りの方向が違います。
失敗しやすいところと直し方

炒麺で一番多い失敗は、麺がべたつくことです。原因は味付けではなく、麺の表面水分と鍋の中の混み具合にあります。味を濃くしても直らないので、状態ごとに対処します。
| 困った状態 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| 麺が団子になる | ゆでた麺をすぐ炒めた、油が少ない | バットに広げて5分乾かし、油小さじ1を絡めてから戻す |
| 水っぽい | 野菜を長く炒めた、鍋が小さい | 麺をいったん取り出し、強火で水分を30秒飛ばしてから戻す |
| 味が薄い | たれが底に落ち、麺に絡んでいない | しょうゆ小さじ1、オイスター小さじ1を混ぜ、鍋肌から足す |
| 色が黒い | 老抽を入れすぎた | もやし50gと麺少量を足し、次回は小さじ1で止める |
| 鶏肉が硬い | 下味なしで長く炒めた | 次回は片栗粉と油をもみ込み、途中で取り出す |
| もやしがしんなり | 早く入れた、塩分に長く触れた | 最後の60秒だけ入れる。水気はよく拭く |
焦げそうになった時に水を多く足すと、焼きそばではなく煮麺に近くなります。足すなら湯を大さじ1ずつ。鍋肌から入れ、すぐ強火で蒸気に変える感覚です。
保存と翌日の食べ方

炒麺は作りたてが一番です。残す場合は、熱いうちに深い保存容器へ詰めず、バットや大皿に広げて10分ほど粗熱を取ります。冷めたら保存容器に入れ、冷蔵で翌日までを目安に食べ切ります。
温め直しは電子レンジだけでもできますが、麺の香りは少し弱くなります。おすすめは、フライパンに油小さじ1をひき、中火で1分温め、炒麺を入れて湯大さじ1を振り、ふたをして60秒。ふたを外して強めの中火にし、さらに60秒返して水分を飛ばします。もやしの歯ざわりは戻らないので、翌日は刻んだ青ねぎや白こしょうを足すと香りが立ちます。
食卓では、酸味のある副菜が合います。中国料理の流れなら羅漢齋を少量添えると野菜の方向が広がります。麺料理として比べるなら、春雨のもちっとした食感を楽しむチャプチェ、米麺と甘いしょうゆで仕上げるチャー・クイティオ、乾麺にスープを吸わせるパンシット・カントンも近いテーマです。
よくある質問
中華麺ではなく焼きそば麺でも作れますか?
作れます。粉末ソースなしの蒸し焼きそば麺を使い、袋のまま電子レンジ600Wで30秒温めてほぐします。麺をバットに広げて水分を飛ばし、先に焼き付けてから具と合わせると、べたつきにくくなります。
老抽がない時はどうしますか?
濃口しょうゆ小さじ1/2に砂糖ひとつまみを混ぜて代用します。色は薄くなりますが、味はまとまります。濃く見せようとしてしょうゆを増やすと塩辛くなるので、色は少し淡くても構いません。
オイスターソースなしで作れますか?
魚介アレルギーや苦手な人がいる場合は使わず、しょうゆ大さじ1、みりん小さじ1、鶏がらスープ大さじ2、白こしょうを強めにします。旨みは軽くなりますが、麺を焼き付ける香りで補えます。完全菜食に寄せる場合は、鶏肉を厚揚げに替え、鶏がらスープも昆布だしに替えてください。
麺を先に焼くのは必須ですか?
家庭コンロではかなり重要です。最初に麺を焼くと、表面水分が飛び、最後にたれを入れても粘りにくくなります。大火力の中華鍋なら最後に一気に炒められますが、家庭では先に麺を焼く方が再現性があります。
大人数分を一度に作れますか?
おすすめしません。家庭の26cmフライパンなら二人分までが目安です。四人分を作る時は、麺を二回に分けて焼き、具も二回に分けて炒め、最後に大きなボウルで軽く合わせる方が水っぽくなりません。












