スヴァン塩の物語 — 台所の塩が、急にジョージアへ向く
じゃがいもを焼いて、最後に塩を振る。そこまではいつもの夕飯です。けれど、その塩ににんにくの湿った香り、コリアンダーの柑橘に近い甘さ、青フェヌグリークのナッツのような余韻、マリーゴールドの花の香りが混じると、皿の向きが少し変わります。バターを足したわけでも、肉を増やしたわけでもないのに、ただの焼きじゃがいもがジョージアの食卓に寄っていく。
**スヴァン塩(სვანური მარილი / svanuri marili)**は、ジョージア北西部スヴァネティ地方の調味塩です。英語では Svanetian salt と呼ばれ、塩、にんにく、コリアンダー、青フェヌグリーク、乾燥マリーゴールド、唐辛子、キャラウェイやクミン系の香りを合わせます。単なる「ハーブソルト」ではなく、にんにくの水分で全体を少し湿らせ、塩と香辛料をなじませるのが特徴です。

ハチャプリを焼くとき、ヒンカリの肉だねに少し混ぜるとき、サチヴィの横でロースト野菜に振るとき。この塩があると、ジョージア料理の「香りの土台」が一気に作りやすくなります。日本では瓶詰めのスヴァン塩を見つけにくいので、この記事では日本で買える材料に寄せた少量版を作ります。
現地の山野草まで完全再現する記事ではありません。スヴァネティ地方の本物には、その土地の野生ハーブや家庭ごとの配合があります。ここでは、青フェヌグリークとマリーゴールドを軸にしつつ、近所で手に入らない材料をどう代えるか、どこは代えすぎない方がよいかを整理します。
スヴァネティの塩 — 山の暮らしが作った増やす知恵

スヴァネティは、ジョージア北西部、コーカサス山脈に近い山岳地帯です。石造りの塔が残るウシュグリ周辺の風景は、ジョージア料理の明るいワイン文化とはまた違う、乾いた山の空気を感じさせます。冬が長く、交通が簡単ではなかった地域では、保存できる食材、乾燥ハーブ、塩の使い方が暮らしと強く結びつきました。
Slow Food Foundation の Ark of Taste は、スヴァン塩をスヴァネティ由来の調味塩として紹介し、塩、にんにく、コリアンダー、青フェヌグリーク、乾燥マリーゴールド、唐辛子などを共通材料に挙げています。さらに、現地らしさを決める要素として、標高の高い場所で育つ独特のキャラウェイ系の香りにも触れています。つまり、スヴァン塩の正体は「塩にスパイスを足す」だけではなく、限られた塩を香りで広げ、料理全体のうま味を立たせる知恵です。
英語圏のジョージア料理解説では、スヴァン塩は肉、魚、じゃがいも、豆、スープ、トマトときゅうりのサラダに使われる万能調味料として紹介されます。日本の台所で近い使い方をするなら、フライドポテト、焼き鳥、豚こま炒め、目玉焼き、トマトサラダ、ミネストローネの仕上げあたりから入ると分かりやすいです。
スヴァン塩はジョージア料理の日だけに使うと、瓶の底に残りがちです。まずは焼きじゃがいも、鶏もも肉、ゆで卵に使ってください。普段の料理に使えると、青フェヌグリークやマリーゴールドを買う意味が出てきます。
味の骨格 — 何を守り、何を代えるか

スヴァン塩の代用で失敗しやすいのは、ガーリックソルトに少し唐辛子を混ぜただけで満足してしまうことです。それでもおいしいのですが、ジョージア料理らしさは弱くなります。大事なのは、青フェヌグリーク、コリアンダー、マリーゴールドの三角形です。
| 役割 | 本場寄りの材料 | 日本での現実的な代替 | 代えすぎるとどうなるか |
|---|---|---|---|
| ナッツのような香り | 青フェヌグリーク(utskho suneli) | ジョージア食材店、通販。なければフェヌグリーク少量+きな粉ひとつまみ | 普通のフェヌグリークだけだと苦味が出る |
| 花の香りと黄色 | 乾燥マリーゴールド(Imeretian saffron) | 食用マリーゴールド、少量のパプリカ+ターメリック極少量 | ターメリックを増やすとカレー風になる |
| 柑橘に近い甘い香り | コリアンダーシード | スーパーのホールコリアンダーを挽く | 粉が古いと香りが弱い |
| 湿ったうま味 | 生にんにく | すりおろしにんにく。急ぐならガーリックパウダー | 粉だけだとスヴァン塩特有の湿りが出ない |
| 山のハーブ感 | キャラウェイ、ディル、クミン系 | キャラウェイ少量、クミン少量、乾燥ディル | クミンを増やすと中東・カレー寄りになる |
| 赤い辛味 | 唐辛子粉 | 一味唐辛子、カイエン、韓国唐辛子 | 辛味だけ立つと料理を選ぶ |
青フェヌグリークは、普通のフェヌグリークと名前が近いですが、香りは別物として扱った方がよいです。Georgian Eats のスパイスガイドでも、一般的なフェヌグリークは苦味が強く、ジョージア料理でいう fenugreek は多くの場合 blue fenugreek を指すと説明されています。日本で見つからない場合は、普通のフェヌグリークを控えめにして、きな粉をほんの少し混ぜる方が、苦味だけが前に出る失敗を避けられます。
食用ではない観賞用のマリーゴールドは使わないでください。食材として販売されている食用花、ハーブティー用、またはジョージア食材として売られる Imeretian saffron を選びます。色だけならターメリックで出せますが、香りは別物です。
材料(作りやすい量・約120 g)

この分量で、小さめの保存瓶ひとつ分です。スヴァン塩は塩分が強いので、一度に大量に作るより、1〜2か月で使い切れる量に抑える方が香りを保てます。現地レシピはもっと大きな単位で作りますが、日本の家庭では少量版から始めるのが現実的です。
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| 粗塩 | 70 g | ゲランド塩、伯方の塩など。精製塩はしょっぱさが鋭い |
| にんにく | 4 片(約28 g) | すりおろす。粉だけにするなら小さじ1.5 |
| コリアンダーシード | 大さじ2(約12 g) | 粉末なら大さじ1.5。できれば挽きたて |
| 青フェヌグリーク粉 | 大さじ1 | なければ普通のフェヌグリーク小さじ1/2+きな粉小さじ1 |
| 乾燥マリーゴールド | 大さじ1 | 食用。なければパプリカ小さじ1+ターメリック小さじ1/8 |
| キャラウェイシード | 小さじ1 | クミン小さじ1/2+乾燥ディル小さじ1/2でも可 |
| 粉唐辛子 | 小さじ1 | 辛さ控えめなら小さじ1/2。韓国唐辛子なら色が穏やか |
| 黒こしょう | 小さじ1/2 | 粗挽き |
このレシピ全量のナトリウムは概算で約37 gです。栄養情報は「全量」で、1回に食べる量ではありません。料理には普通の塩と同じ感覚で使わず、まずは1人分あたり小さじ1/4未満から始めてください。
この調味塩に使う食材・道具
青フェヌグリークと食用マリーゴールドは、近所のスーパーでは見つからないことが多い材料です。最初から大袋を買うより、少量パックを探す方が失敗しません。楽天導線は、ジョージア食材やスパイスをまとめて探す入口として使ってください。





作り方 — 煎って、潰して、にんにくでまとめる

粉を混ぜるだけでも作れますが、コリアンダーとキャラウェイを軽く煎ってから挽くと香りが立ちます。火を入れるのは香りを起こすためで、焦がすためではありません。色が濃く変わるほど煎ると苦味が出ます。
保存瓶を洗い、熱湯を回しかけてから完全に乾かします。水滴が残ると、にんにく入りの塩が傷みやすくなります。急ぐ場合は清潔な布で拭き、口を上にして風に当てます。

- ホールスパイスを煎る(2〜3分)
フライパンにコリアンダーシード大さじ2とキャラウェイ小さじ1を入れ、弱めの中火で2〜3分揺すります。ふわっと香りが立ち、指で触ると温かい程度で止めます。煙が出たら火が強すぎます。

- 粗く挽く(2分)
煎ったスパイスを冷まし、スパイスミルまたはすり鉢で粗めに挽きます。完全な粉にしなくてよく、少し粒が残る方が肉やじゃがいもに絡んだとき香りが出ます。

- にんにくを潰す(3分)
にんにく4片をすりおろすか、包丁で細かく叩きます。チューブにんにくでも作れますが、水分と香りが違うため、初回は生にんにくを使う方がスヴァン塩らしくなります。

- 乾いた材料を先に混ぜる(1分)
ボウルに粗塩70g、挽いたコリアンダー、青フェヌグリーク、乾燥マリーゴールド、粉唐辛子、黒こしょうを入れて混ぜます。乾いた段階で均一にしておくと、にんにくを加えたあとムラが出ません。

- にんにくを揉み込む(4分)
すりおろしたにんにくを加え、手袋をした手かスプーンで4分ほど揉み込みます。最初は粉っぽくても、にんにくの水分が回ると全体が赤茶色にしっとりします。握って軽くまとまり、指で崩れるくらいが目安です。

- 30分休ませて瓶に詰める(30分)
ボウルのまま30分置き、塩とにんにくをなじませます。味見をして、塩辛さだけが立つ場合はコリアンダー少量、辛さが弱い場合は唐辛子少量を足します。清潔な瓶に詰め、冷蔵庫で保存します。

唐辛子とにんにくが入るため、手に香りと辛味が残ります。目をこすったり、コンタクトレンズを触ったりすると強くしみることがあります。使い捨て手袋か、厚手のポリ袋越しに揉み込むと安全です。
使い方 — じゃがいも、肉、卵から始める

スヴァン塩は、使う量を間違えるとすぐ塩辛くなります。普通のミックススパイスではなく、あくまで塩です。最初は「いつもの塩の半量をスヴァン塩に置き換える」くらいが安全です。
| 料理 | 使う量の目安 | 使い方 |
|---|---|---|
| 焼きじゃがいも | 2人分に小さじ1/2 | 焼き上がりにバター少量と一緒に絡める |
| 鶏もも肉のグリル | 肉300gに小さじ1 | 焼く15分前に薄く揉み込む。塩を追加しない |
| 豚こま炒め | 肉250gに小さじ2/3 | 玉ねぎと炒め、最後にレモンを絞る |
| 目玉焼き | 1個にひとつまみ | 仕上げに振る。黒こしょう代わりに使う |
| トマトときゅうりのサラダ | 2人分に小さじ1/3 | オリーブオイルと酢を少し足す |
| ヒンカリの肉だね | 肉300gに小さじ1/2 | 塩分を見ながら普通の塩を減らす |
ジョージア料理に寄せるなら、ハチャプリの横に出すローストポテト、ヒンカリの肉だね、サチヴィの付け合わせ野菜に使うのが分かりやすいです。ジョージア料理まとめを見ながら食卓を組む場合も、スヴァン塩があると副菜の味を同じ方向に寄せられます。
唐揚げの下味、焼きおにぎり、温泉卵、冷ややっこにも合います。ただし醤油や味噌と合わせると塩分が重なるので、調味料を少し減らしてください。冷ややっこなら、醤油をかけずにオリーブオイルとスヴァン塩だけで十分です。
失敗原因と保存 — 湿りすぎ、苦すぎ、塩辛すぎを直す

湿りすぎる
にんにくが大きい、塩が細かい、瓶に水滴が残っていると、スヴァン塩がペースト状になりすぎます。しっとりは正解ですが、水っぽいのは保存に向きません。乾いた粗塩を小さじ2〜3足し、清潔な皿に広げて冷蔵庫で30分ほど乾かしてください。
苦味が強い
普通のフェヌグリークを入れすぎたか、コリアンダーを焦がした可能性があります。苦味は完全には消せませんが、パプリカ小さじ1、コリアンダー粉小さじ1、粗塩小さじ2を足すと角が少し丸くなります。次回は青フェヌグリークがない場合、普通のフェヌグリークを小さじ1/2以下に抑えてください。
カレーの香りになる
ターメリックやクミンを増やしすぎると、ジョージア料理ではなくカレー粉に近づきます。ターメリックは色補正として小さじ1/8まで。クミンは小さじ1/2までにし、足りない香りはコリアンダーと乾燥ディルで補う方が安全です。
塩辛すぎる
スヴァン塩自体は塩辛いものです。料理側で普通の塩を減らしていないと、すぐ強くなります。すでに料理が塩辛くなった場合は、じゃがいも、卵、無塩ヨーグルト、レモンを足すと食べやすくなります。保存瓶の中身を薄めたい場合は、塩を減らすのではなく、コリアンダー、マリーゴールド、青フェヌグリークを少量ずつ追加します。
保存期間
生にんにくを使うため、常温で長く置くより冷蔵保存が安全です。清潔なスプーンを使い、冷蔵で3〜4週間を目安に使い切ります。ガーリックパウダーだけで作る乾燥版なら、香りは弱くなりますが、密閉して冷暗所で2〜3か月ほど扱いやすくなります。
湿り版と乾燥版をどう作り分けるか
週末にジョージア料理を作るなら、生にんにくを使う湿り版がおすすめです。ハチャプリの横に出すじゃがいも、鶏もも肉のグリル、ヒンカリの肉だねに使うと、にんにくの香りが塩と一緒に料理へ移ります。香りは強い一方で保存は短めなので、作ったら「じゃがいも、卵、肉」の順で早めに使い切る設計にしてください。
乾燥版は、普段使いの調味塩として便利です。粗塩70g、ガーリックパウダー小さじ1.5、コリアンダー粉大さじ1.5、青フェヌグリーク大さじ1、マリーゴールド大さじ1、唐辛子小さじ1、キャラウェイ小さじ1を瓶に入れて振るだけ。湿り版ほどの立体感は出ませんが、弁当のゆで卵、冷凍ポテト、トーストしたチーズパンに少量振るには扱いやすいです。
| 作り分け | 向く場面 | 保存 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 生にんにくの湿り版 | ジョージア料理の日、肉の下味、焼き野菜 | 冷蔵3〜4週間 | 清潔なスプーン必須。常温放置しない |
| ガーリックパウダーの乾燥版 | 普段の卓上塩、弁当、卵、冷凍ポテト | 冷暗所2〜3か月 | 香りは弱い。使う直前に少し揉む |
にんにくと油を合わせて常温保存する調味料は避けてください。このレシピには油を入れませんが、生にんにくを使うため冷蔵保存に寄せます。異臭、ぬめり、カビが出た場合は食べずに廃棄してください。
よくある質問

Q1. 青フェヌグリークなしでも作れますか?
作れます。ただし「ジョージアらしさ」は弱くなります。普通のフェヌグリークを使う場合は小さじ1/2までに抑え、きな粉小さじ1を足すと苦味が丸くなります。買えるなら青フェヌグリークを一度試す価値があります。
Q2. マリーゴールドはターメリックで代用できますか?
色だけなら代用できますが、香りは違います。ターメリックは小さじ1/8程度に抑え、パプリカを少し足してください。入れすぎるとカレー粉の印象が出ます。
Q3. 子どもが食べる場合は辛味を抜けますか?
粉唐辛子を抜いて作れます。大人の皿だけに唐辛子や黒こしょうを後がけしてください。にんにくの香りは残るので、最初は目玉焼きやじゃがいもに少量から使うと受け入れやすいです。
Q4. 乾燥版と生にんにく版、どちらが使いやすいですか?
香りは生にんにく版が上です。ただし保存性と扱いやすさは乾燥版が上です。初回は生にんにく版を少量作り、頻繁に使うならガーリックパウダー版を別に作るのが現実的です。
Q5. どの料理に一番合いますか?
最初は焼きじゃがいもです。塩気、にんにく、コリアンダー、青フェヌグリークの違いが分かりやすく、失敗しても調整しやすいからです。慣れたら鶏肉、豚肉、豆のスープ、トマトサラダへ広げてください。
参考文献
- Georgian Recipes「Svanetian Salt」(2026年5月参照)https://georgianrecipes.com/recipes/Svanetian-salt/
- Georgian Recipes.net「SVANETIAN SALT」(2026年5月参照)https://georgianrecipes.net/2013/09/05/svanetian-salt/
- Georgian Eats「Georgian Spices & Herbs: The Complete Guide to a Flavor-Obsessed Cuisine」(2026年5月参照)https://georgianeats.com/guides/georgian-spices/
- Slow Food Foundation for Biodiversity「Svanetian Salt」(2026年5月参照)https://www.fondazioneslowfood.com/en/ark-of-taste-slow-food/svanetian-salt/
画像出典
- Wikimedia Commons「Svanuri marili.jpg」CC BY 4.0
- Wikimedia Commons「Svanuri salt - Svanetian salt.jpg」CC BY 2.0
- Wikimedia Commons「Ushguli Svaneti Georgia.JPG」
- Wikimedia Commons「Whole Coriander.jpg」
- Wikimedia Commons「Spices, seasonings, herbs and vegetables.jpg」
- Wikimedia Commons「Glass jar MET DP155055.jpg」「Coriander powder.JPG」「Mortar and pestle.jpg」「Garlic bulbs and cloves.jpg」「Calendula officinalis」「Imeretian Saffron.jpg」「Blue fenugreek bud.jpg」「Trigonella caerulea」「Jar, preserving (AM 1997.80.54-1).jpg」「Calendulae flos dried.jpg」
- KARAKURI Web 既存ローカル素材:
satsiviのスパイス画像、khachapuriの食卓画像
画像出典
本文・商品カードで使用した画像の出典元をまとめています。
- KARAKURI Web編集部(生成・加工画像)皿に盛ったスヴァン塩を思わせるスパイスミックス、コーカサスの食卓を思わせるジョージア料理の風景、ジョージア料理に使うスパイスを小皿に分けて並べたイメージ、青フェヌグリークの代替を考えるスパイスのイメージ、ホールスパイスを小皿に分けた状態、にんにく、香辛料、ハーブを並べた調理台、清潔な容器に調味料を入れるイメージ、ホールスパイスを乾煎りするイメージ ほか12点




