コーカサスの山々が育んだ「チーズの舟」
パンを割ると中から熱々のチーズがとろりと流れ出す。卵黄をくずしてバターと混ぜ、パンの縁をちぎって絡めて食べる。ジョージア(旧称グルジア)の ハチャプリ(ხაჭაპური / khachapuri) は、一度体験すると忘れられない料理です。
「ハチャプリ」はジョージア語で「チーズパン」を意味します。「ხაჭო(ハチョ)= カッテージチーズ」と「პური(プリ)= パン」の合成語です。ジョージアの食文化研究者ダリ・ツァツァラシヴィリによると、その歴史は少なくとも中世にまで遡り、コーカサス地方の牧畜民がチーズの保存と運搬のためにパン生地で包んだのが起源とされています。
ジョージアには地方ごとに異なる形のハチャプリが存在します。最も有名なのは黒海沿岸のアジャラ地方に伝わる アジャリウリ・ハチャプリ(舟形) で、開いた舟の中にチーズと卵、バターが入ります。首都トビリシを含むイメレティ地方では イメルリ・ハチャプリ(丸形) が主流で、こちらはチーズを生地で完全に包み込む形です。
ジョージア国立銀行は、パンとチーズの価格変動を追跡する「ハチャプリ指数(Khachapuri Index)」を2010年から公式に発表しています。消費者物価の変動を庶民の実感と結びつける独自の経済指標で、英語圏のエコノミストたちの間でも「ビッグマック指数のジョージア版」として知られています(ISET Policy Institute)。国民食が経済指標になるほど、ハチャプリはジョージアの日常に根づいた料理です。
この記事では、英語圏のジョージア料理専門サイトや現地シェフのレシピを研究し、日本のスーパーで手に入る食材だけで再現できるハチャプリのレシピをお届けします。アジャラ式(舟形)をメインに、イメレティ式(丸形)の作り方も併記しました。ボルシチと合わせれば、東欧・コーカサスの食卓が自宅で再現できます。

材料(4人分・2 個)
生地
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| 強力粉 | 300 g | 中力粉でも可。薄力粉は膨らみが弱いため不向き |
| ぬるま湯(35〜40℃) | 150 ml | 熱すぎるとイーストが死ぬ。人肌程度 |
| プレーンヨーグルト(無糖) | 80 g | サワークリームで代用可。酸味で生地がしなやかに |
| ドライイースト | 5 g(小さじ1.5) | インスタントドライイースト推奨 |
| 砂糖 | 10 g(小さじ2) | イーストの栄養源 |
| 塩 | 5 g(小さじ1) | — |
| オリーブオイル | 大さじ1 | サラダ油でも可 |
チーズフィリング
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| モッツァレラチーズ(シュレッドタイプ) | 250 g | とろける食感の核。ピザ用チーズでも可 |
| フェタチーズ | 150 g | 塩気と酸味の要。カッテージチーズ+塩小さじ1で代用可 |
| 卵 | 1 個(フィリング用) | チーズのつなぎ。フィリングをまとめる |
仕上げ(アジャラ式)
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| 卵黄 | 2 個(1 個ずつ各ハチャプリに) | 新鮮なものを使用 |
| バター(有塩) | 20 g(10 gずつ) | 最後に加えてチーズに溶かす |
栄養情報(4人分のうち1人分あたり)
上記フロントマターの栄養情報は4人分のうち1人分(ハチャプリ1/2 個)の概算値です。モッツァレラチーズとフェタチーズの組み合わせにより、カルシウムは約400mg(成人1日推奨量の約50%)を摂取できます。タンパク質28 gは卵とチーズに由来し、炭水化物68 gは主に強力粉の生地から来ています。
日本のスーパーでフェタチーズが見つからない場合、以下の店舗で入手できます。成城石井(250 gで800円前後)、カルディ(ギリシャ産200 gで700円前後)、コストコ(大容量でコスパ良好)、Amazon・楽天の輸入食品ショップ。フェタが手に入らない場合はカッテージチーズ150 gに塩小さじ1を加えて混ぜると、塩気と酸味を近づけられます。リコッタサラータもよい代替品です。
この料理には 小麦・乳・卵 が含まれます。フェタチーズは羊乳または山羊乳製のものがありますので、牛乳アレルギーの方は原材料表示を確認してください。グルテンフリーにする場合は米粉ベースのパン生地レシピで代用できますが、食感はかなり異なります。

調理手順
イーストを活性化する(5分)

生地をこねる(10分)
一次発酵(60分)

チーズフィリングを作る(5分)

生地を成形する ―― アジャラ式「舟形」

チーズを詰めてオーブンで焼く(15〜18分)

卵黄とバターで仕上げる ―― ハチャプリの真骨頂

チーズ・卵黄・バターを混ぜて完成

調理のコツ
生地をこねた後、ラップで密閉して冷蔵庫に入れれば、翌日まで低温発酵させることができます。前日の夜に仕込んでおけば、当日はチーズを詰めて焼くだけ。低温発酵させた生地はグルテンが十分に発達するため、しなやかで扱いやすくなります。冷蔵庫から出して30分ほど室温に戻してから成形してください。
モッツァレラ:フェタ=5:3が基本比率ですが、フェタを増やすと塩気と酸味が強くなり、よりジョージアの伝統的な味に近づきます。逆にモッツァレラを増やすとマイルドで日本人好みの味わいになります。好みで調整してください。ジョージア在住の料理ブロガーKeto's Kitchenは「チーズの総量は生地の重量と同じかそれ以上にするのが本場の感覚」と述べています。
オーブンがない場合は、フライパンに蓋をして弱火〜中弱火で片面7〜8分ずつ焼きます。この場合はイメレティ式(丸形)の方が作りやすいです。フライパンの底にオリーブオイルを薄く塗り、蓋をして蒸し焼きにすることでチーズがとろりと溶けます。裏返すときは大きな皿を使ってひっくり返すと失敗しにくいです。
焼く前の状態(生地にチーズを詰めた段階)で冷凍できます。天板ごとラップで包んで冷凍庫へ入れ、固まったらジップロックに移して保存。食べるときは冷凍のままオーブン200℃で25〜30分焼きます。焼いてからの冷凍は電子レンジで温め直すとチーズが分離しやすいため、焼く前の冷凍を推奨します。

アレンジ・バリエーション
ハチャプリはジョージアの地方ごとに異なるバリエーションが存在します。基本のアジャラ式をマスターしたら、ぜひ他のスタイルにも挑戦してみてください。
メグレリ式ハチャプリ(メグレルリ)
西ジョージアのサメグレロ地方のスタイルで、丸形のイメレティ式ハチャプリの上面にもチーズを乗せて焼くのが特徴です。つまりチーズが中にも外にもある「ダブルチーズ」のハチャプリです。仕上げにシュレッドモッツァレラを50gほど上面に散らし、チーズが溶けるまでオーブンで追加2分焼きます。ピザのようなビジュアルで、チーズ好きにはたまらない一品です。
ペノヴァニ・ハチャプリ(パイ生地版)
時間がないときに便利なのがペノヴァニ式です。市販の冷凍パイシートを正方形に広げ、中央にチーズフィリングを乗せて四隅を折りたたむだけ。200℃のオーブンで20分焼けば完成です。本来はジョージアの伝統的な層状生地を使いますが、冷凍パイシートは優れた代替品。平日の夕食にも取り入れやすい手軽さが魅力です。
和風アレンジ
味噌とチーズの相性は抜群です。フェタチーズの代わりに白味噌 大さじ2を加えると、塩気と発酵の旨味が加わってユニークな風味になります。また、大葉やみょうがを刻んでチーズに混ぜ込むと、和のハーブが効いたオリジナルハチャプリになります。納豆を少量(1パック)加えるアレンジは、在日ジョージア人のSNSでも話題になりました。
ヴィーガン版
チーズの代わりに、水切りした木綿豆腐 300gに白味噌 大さじ2、ニュートリショナルイースト 大さじ3、レモン汁 大さじ1、塩 小さじ1/2、ターメリック少々を混ぜたフィリングを使います。卵黄の代わりにターメリックで色づけした豆乳クリームを乗せます。完全にヴィーガンでありながら、チーズ的なコクと酸味を再現できます。

この料理の背景 ―― ジョージアの食卓「スプラ」とハチャプリ
ジョージアでハチャプリが食べられるのは、日常の食事だけではありません。スプラ(სუფრა) と呼ばれるジョージアの伝統的な宴席では、ハチャプリは必ずテーブルの中央に置かれます。スプラは単なる食事会ではなく、タマダ(宴の司会者) の指揮のもとで乾杯が繰り返される儀礼的な宴です。
ジョージアはワイン発祥の地のひとつとされ、8,000年前のワイン醸造の痕跡が発掘されています(University of Pennsylvania Museum, 2017)。このワイン文化とスプラの伝統、そしてハチャプリは三位一体で、ジョージア人のアイデンティティを形成しています。
ジョージア料理研究家のティナ・ツァアヴァは英語圏のフードメディアBon Appetitの取材に対し、「ジョージア人にとってハチャプリは、日本人にとっての白米のような存在。毎日食べても飽きないし、それがない食卓は食卓ではない」と答えています。
地方ごとのハチャプリ文化
ジョージアの各地方がそれぞれ独自のハチャプリを持っており、「うちのハチャプリが一番おいしい」という郷土愛に満ちた議論が日常的に交わされます。英語圏の旅行メディアAtlas Obscuraによると、ジョージア全土で確認されているハチャプリのバリエーションは少なくとも53種類に上ります。
アジャラ式が観光客に最も人気がある一方で、地元の人々はイメレティ式を「毎日のハチャプリ」として愛しています。黒海沿岸のグリア地方では、ゆで卵を丸ごと中に入れる グルリ・ハチャプリ が祝日のご馳走として作られます。
「チーズの品質が全てを決める」
ジョージアの食の哲学で繰り返し語られるのが、素材の質に対するこだわりです。ジョージア国内では、スルグニチーズは各地の小規模な農家が手作りしており、産地によって塩味や弾力が異なります。ジョージア出身のシェフ、テモ・カルサウリは自身のYouTubeチャンネルで「ハチャプリの味の90%はチーズで決まる。生地は脇役」と断言しています。
日本で再現する場合も、できるだけ品質のよいチーズを選ぶことが仕上がりを左右します。スーパーの安価なピザ用チーズだけで作ると味がぼんやりしがちなので、フェタチーズを加えることでメリハリのある味わいになります。

よくある質問
ハチャプリと並ぶジョージアの定番料理「ヒンカリ(小籠包のような肉入り餃子)」のレシピも今後公開予定です。東欧・コーカサスの料理に興味がある方は、本場ウクライナのボルシチもぜひご覧ください。中東料理がお好きならフムスの作り方やファラフェルのレシピもおすすめです。トルコのケバブやレバノンのタブーレ、イスラエルのシャクシュカなど、地中海・中東圏の味わいとハチャプリは相性抜群です。ペルーのセビーチェと一緒にワールドフードパーティーを開くのも楽しいですね。
Q1. ハチャプリは冷めてもおいしいですか?
焼きたてが圧倒的においしいですが、冷めても食べられます。冷めるとチーズが固まるため、電子レンジで30秒〜1分温めるか、トースターで表面がカリッとするまで焼き直すと、焼きたてに近い状態に戻ります。ただしアジャラ式の卵黄の半熟感は焼き直しでは再現できないため、できる限り焼きたてを食べることを強くおすすめします。
Q2. 発酵なしで作れますか?
イーストなしで作るレシピも存在します。ベーキングパウダー 小さじ2で代用すると発酵時間をゼロにできますが、パンのふんわりした食感は失われ、やや重い仕上がりになります。「時間がないけどどうしても食べたい」という場合の緊急手段として覚えておいてください。英語圏のジョージア料理フォーラムReddit r/GeorgianFoodでも「BP版は別物だが、これはこれでアリ」という意見があります。
Q3. 子供にも食べさせて大丈夫ですか?
生地とチーズの組み合わせは子供にも人気があります。ただしアジャラ式の半熟卵黄は小さなお子さんには避けた方が安全です。イメレティ式(丸形)で作り、チーズフィリングに完全に火を通した版なら安心です。塩分が気になる場合はフェタチーズの量を減らし、モッツァレラの比率を上げてください。
Q4. ハチャプリに合う飲み物は何ですか?
ジョージアでは白ワイン(特にアンバーワイン)と合わせるのが定番です。日本で入手しやすいジョージアワインとしては、サペラヴィ(赤)やルカツィテリ(白)があります。ノンアルコールなら、ヨーグルトドリンク(タン、もしくは日本のラッシー)がチーズの濃厚さを中和してくれます。炭酸水もよく合います。
Q5. 余ったチーズフィリングの使い道は?
春巻きの皮に包んで揚げると、即席チーズスティックになります。食パンに塗ってトースターで焼いてもおいしいです。ピザのトッピングとしても使えますし、茹でたパスタに和えるとジョージア風チーズパスタに。2日以内に使い切ってください。
参考文献
- Juliette Rossovsky, "Eat Georgia: Recipes from the Cradle of Wine", Ten Speed Press, 2023年
- ISET Policy Institute "Khachapuri Index" (https://iset-pi.ge/en/khachapuri-index) 2026年参照
- Tasting Table "How to Make Khachapuri" (https://www.tastingtable.com/khachapuri-recipe) 2024年参照
- Atlas Obscura "The Many Forms of Georgian Khachapuri" (https://www.atlasobscura.com/foods/khachapuri-georgia) 2025年参照
- Bon Appetit "The Essential Guide to Georgian Food" (https://www.bonappetit.com/story/georgian-food-guide) 2024年参照
- University of Pennsylvania Museum "Earliest Known Winemaking" (https://www.penn.museum/sites/wine/) 2017年参照


