赤いソースを割ると、じゃがいもの中から肉の香りが出てくる
鍋のふたを開けると、トマトとクミン、甘いパプリカの香りがふわっと上がります。表面は赤い煮込みなのに、スプーンで割ると中から肉だねが出てくる。マフルムは、その一口目の驚きが楽しい料理です。
マフルム(مفروم / Mafrum、Mafroom)は、リビア系ユダヤ家庭でよく知られる肉詰め野菜の料理です。英語圏の説明では「じゃがいも、なす、ズッキーニなどにひき肉を詰め、衣をつけて揚げ、トマトソースで煮込む料理」と紹介されます。家庭によって野菜は変わりますが、日本で作りやすいのはじゃがいも版です。形が安定し、肉だねを支えやすく、煮込んでも食卓の主役になります。
ただし、作り方は普通の肉詰めより少しだけ気を使います。じゃがいもを完全に切り離さず、ポケット状に残す。肉を詰めすぎない。揚げ焼きで表面を固めてから、弱火のトマトソースでゆっくり火を通す。この順番を守ると、鍋の中で崩れず、クスクスにのせた時にきれいにまとまります。
この記事では、リビア系ユダヤ家庭の文脈を押さえつつ、日本のスーパーで買えるじゃがいもと牛豚合いびき肉で作れる家庭版に落とし込みます。チュニジアのチャクチョウカやモロッコのタジンと同じく、トマトとスパイスを長く煮る北アフリカの台所の香りを、いつもの鍋で再現するレシピです。
マフルムは英語では Mafrum または Mafroom と書かれ、アラビア語では مفروم と表記されます。リビア系ユダヤ家庭の料理として語られることが多い一方、チュニジアやイスラエルの家庭にも近い料理があります。本記事では、出典上の中心をリビア系ユダヤの家庭料理に置き、じゃがいも版を日本向けに整理します。
マフルムは「肉を少しで満足させる」詰め物料理
マフルムの面白さは、肉が主役なのに、肉だけで押し切らないところにあります。じゃがいもの厚み、トマトソース、クスクスが肉だねを受け止めるので、少量のひき肉でも満足感が出ます。The Forwardのレシピ解説でも、マグレブの詰め物料理は肉を大量に使うのではなく、野菜と穀物で一皿を広げる知恵として紹介されています。
リビアの台所は、アラブ、地中海、ユダヤ系ディアスポラ、イタリアの影響が交差します。The Nosherは、リビア料理をアラブと地中海の混ざった食文化として説明し、そこにイタリアの影響も見ています。マフルムを食べる時にクスクスを添えるのも、その交差点らしいところです。ソースを吸ったクスクスは、じゃがいもの下で小さな粒のソース受けになります。
日本の家庭で守りたい芯は、次の四つです。
| 現地らしさ | 日本での落とし込み | 代替してよいか |
|---|---|---|
| じゃがいもをポケット状に切る | メークインを厚めに切って片側を残す | ここは守る |
| 香草入りの肉だね | 牛豚合いびき肉にパセリ、パクチー、玉ねぎ | 羊肉があればより現地寄り |
| 赤い衣をつけて揚げる | 卵、トマトペースト、小麦粉で薄く固める | 厚衣にしない |
| トマトソースで煮る | 弱火で35分以上、ふつふつ煮る | 強火短時間は避ける |
現地のレシピでは、じゃがいもだけでなく、なすやズッキーニ、カリフラワーに詰めることもあります。初回はじゃがいもだけで作る方が安定します。なすは油を吸いやすく、ズッキーニは水分が出やすいので、火加減に慣れてからの方が失敗しにくいです。
買い出しで迷うもの
マフルムは、普通の材料でかなり近づけられます。ただ、ラスエルハヌートとクスクスがあると、一皿の印象が急に北アフリカ寄りになります。温度計は味付けの道具ではありませんが、ひき肉の中心に火が入ったかを安全に確認できるので、肉詰め料理をよく作る家庭では出番が多いです。
ハリッサは、この料理では主役ではなく辛味の調整役です。チュニジア料理のように前面へ出すより、小さじ1だけソースに溶かし、足りなければ食卓で足す方が家族で食べやすくなります。カルディや輸入食材店で見つかれば便利ですが、初回は一味唐辛子、甘口パプリカ、にんにく、オリーブオイルで小さな代替ペーストを作っても構いません。むしろ初回に必ず買うべきなのは、ソースを受け止めるクスクスと、何度も使えるラスエルハヌートの方です。
崩れやすいところと戻し方
マフルムでいちばん起きやすい失敗は、鍋の中でじゃがいもが開いて、肉だねがソースへ逃げることです。原因は切り込みが深すぎる、詰めすぎる、揚げ焼きが浅い、煮込みの火が強い、のどれかです。
| 状態 | 原因 | 戻し方 |
|---|---|---|
| じゃがいもが開く | 片側のつなぎ目が薄い | 鍋の中で触らず、ソースを上からかけて煮る |
| 肉だねが硬い | 練りすぎ、パン粉が多い | 次回はパン粉を15gに減らし、玉ねぎの水分を残す |
| 衣がはがれる | 小麦粉が多い、卵液が厚い | はがれた衣はそのままソースに溶かし、無理に戻さない |
| ソースが水っぽい | ふたを閉め切った | ふたを外し、弱めの中火で5分だけ煮詰める |
| 焦げそう | 鍋底のソースが濃すぎる | 水50mlを鍋肌から入れ、木べらで底を軽くはがす |
揚げ焼きの時点で形が少し崩れても、味は戻せます。崩れたものは鍋の中央ではなく端へ置き、触らずに煮てください。盛り付ける時にクスクスを下に敷くと、多少割れたマフルムもきれいに見えます。
保存、温め直し、献立の組み方
マフルムは作った当日より、翌日の方がソースがなじみます。粗熱を取ったら、ソースごと浅い保存容器に入れ、冷蔵で2日を目安に食べ切ります。冷凍はできますが、じゃがいもの食感が少し粉っぽくなるため、冷凍するなら1個ずつラップで包み、ソースは別容器に分けます。
温め直しは電子レンジだけで済ませるより、小鍋が向きます。鍋にソースと水大さじ2を入れ、弱火で5から7分温めます。中心まで熱くなったら、最後にふたを外して30秒だけ水分を飛ばします。電子レンジの場合は600Wで2分温め、一度上下を返してさらに1分半温めます。
献立にするなら、マフルム、クスクス、刻みサラダ、ヨーグルトかタヒニソースの組み合わせが食べやすいです。スパイスの方向を揃えたい日はモロッコのクスクス、トマト煮込みつながりならチャクチョウカ、揚げ物の軽さを比べるならエジプトのタアメイヤへ進むと、北アフリカの食卓が広がります。
肉とトマトの濃い料理が好きなら、マリのマフェやナイジェリアのスヤも相性のよい次の一皿です。マフルムは「詰めて煮る」料理、マフェは「ナッツで煮る」料理、スヤは「粉スパイスで焼く」料理。どれも少ない材料で香りを出す工夫が違います。
よくある質問
Q1. メークインではなく男爵で作れますか?
作れますが、煮込みで割れやすくなります。男爵を使う場合は厚さを1.5cmにし、揚げ焼きを片面3分しっかり行ってから煮てください。鍋の中で返さないことも大事です。
Q2. 羊肉でないと現地らしくなりませんか?
羊肉の方が香りは近づきますが、日本では牛豚合いびき肉でも十分においしく作れます。羊肉を使うなら、ひき肉350gのうち100gだけ羊に置き換えると、香りが強くなりすぎません。
Q3. ハリッサがない時はどうしますか?
一味唐辛子小さじ1/4、パプリカ小さじ1、にんにく少量、オリーブオイル小さじ1を混ぜて、鍋に小さじ1だけ入れます。完全に同じ香りにはなりませんが、辛味と赤い香りは補えます。
Q4. 揚げずにオーブンで作れますか?
できます。ただし衣の香ばしさは少し弱くなります。油を薄く塗った天板に並べ、200度で片面10分、返して8分焼いてからトマトソースで煮てください。焼き色が薄い時は、フライパンで30秒だけ表面を焼くと煮崩れしにくくなります。
Q5. クスクスの代わりにごはんでも合いますか?
合います。日本米にのせる場合は、ソースを少し濃いめに煮詰めるより、弱火で水大さじ2を足してゆるめた方が食べやすいです。ごはんにのせると洋風肉じゃがに近くなるので、レモンとパセリは多めに添えてください。
Q6. 作り置きするならどこまで前日にできますか?
肉だね作りとじゃがいもの切り込みは当日が安全です。前日に済ませるなら、トマトソースだけ作って冷蔵してください。当日はじゃがいもを切り、肉だねを詰め、揚げ焼きから始めると、香りと食感が落ちにくいです。













