じゃがいもの湯気を薄くのばす一枚
夕方の台所で、ゆでたじゃがいもの皮をむくと、指先にほくっとした熱が残ります。まだ湯気のあるうちにつぶし、粉を入れすぎないように手でまとめ、めん棒で薄くのばす。フライパンへ置いた瞬間、油を引いていないのに、表面がふっと乾いて小さな茶色い斑点が出てきます。ロクシャは、その地味な変化がいちばん楽しい料理です。
ロクシャ(lokša、複数形は lokše)は、スロバキアやチェコのモラヴィア地方で食べられる、じゃがいも生地の薄焼きです。パンケーキと訳されることもありますが、甘い生地を流す料理ではありません。ゆでたじゃがいも、粉、塩をまとめ、直径20cm前後まで薄くのばし、油を引かない鉄板やフライパンで焼きます。
焼き上がった一枚は、主食にも、付け合わせにも、軽いおやつにもなります。スロバキアではガチョウや鴨の料理、赤キャベツ、ザワークラウトと合わせる食べ方が知られています。甘い食べ方では、ジャム、ケシの実、砂糖を巻くこともあります。日本の台所ではガチョウ脂を用意するより、無塩バターやラード、鴨料理で出た脂を少量使う方が現実的です。
同じスロバキアのじゃがいも料理でも、ブリンゾヴェー・ハルシュキは小さな団子をチーズで和える濃い一皿です。ロクシャはもっと薄く、乾いた焼き目と折りたためる柔らかさを楽しみます。どちらも粉を入れすぎないことが大切ですが、ロクシャは「薄くのばしても破れない水分」に寄せるのが勝負です。
Lokša は「ロクシャ」、複数形の lokše は「ロクシェ」に近い表記で紹介されます。英語圏では loksha、lokshe と書かれることもあります。この記事では、料理名として読みやすい「ロクシャ」を見出しに使い、本文では現地語名も併記します。
この料理で守るところ
ロクシャは材料が少ないので、材料そのものよりも状態管理で差が出ます。日本で作る時に守りたいのは、乾いたじゃがいも、少なめの粉、2mm前後の薄さ、油なしの乾焼きです。
| 守るところ | 現地の考え方 | 日本の台所での落とし方 |
|---|---|---|
| じゃがいも | 皮つきでゆで、粉と合わせて生地にする | メークインを中心にし、ゆで上げ後に水分を飛ばす |
| 粉 | じゃがいもをまとめるために使う | 薄力粉を少量ずつ入れ、べたつきが消えた時点で止める |
| 厚さ | 薄い丸い生地にのばす | 直径20cm、厚さ2mm前後を目安にする |
| 焼き方 | 熱い鉄板や無油のフライパンで焼く | 鋳鉄または厚手フライパンを中火で予熱する |
| 仕上げ | 脂を塗り、折る、巻く、詰める | バター、ラード、鴨脂の少量で香りを足す |
じゃがいもは、ほくほく崩れる男爵だけで作ると、水分の逃げ方によって割れやすくなります。日本ではメークインを中心にすると、薄くのばした時にまとまりやすいです。男爵を使うなら、半量までに抑え、ゆで上げ後に鍋の中で30秒から1分だけ水分を飛ばします。
新じゃがは香りが良い反面、水分が多く、粉を足したくなります。粉を足しすぎると、焼いた後に硬い靴底のようになります。ロクシャに向くのは、少し貯蔵されて水分が落ち着いたじゃがいもです。買ったばかりで水っぽい場合は、皮つきでゆでてから冷蔵庫でひと晩置くと扱いやすくなります。
買い出しで迷う道具
じゃがいもやバターは近所のスーパーで十分です。商品カードにする価値があるのは、薄くのばす道具、乾焼きで熱を安定させるフライパン、じゃがいもをなめらかにつぶす道具です。ロクシャは材料費が安いぶん、道具の差がそのまま作業の楽さに出ます。
薄くのばす料理では、短すぎるめん棒だと端だけ薄くなり、中央が厚く残ります。30cm前後の木製めん棒があると、直径20cmのロクシャを丸く整えやすいです。
乾焼きは、フライパンの熱が落ちると生地が乾くだけで焼き目がつきません。鋳鉄のスキレットは重いですが、連続で8枚焼く時に温度が安定します。
じゃがいもをなめらかにつぶせないと、生地をのばす時に粒が引っかかります。マッシャーはロクシャ専用ではありませんが、ハルシュキ、マッシュポテト、コロッケにも回せる道具です。
破れないロクシャにするコツ

ロクシャでいちばん多い失敗は、粉を足しすぎることです。台に張りつくと不安になりますが、薄く打ち粉をしながらのばせるなら、少し柔らかいくらいで止めます。生地そのものへ粉を入れすぎると、焼き上がりが乾いて折れます。
| 状態 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| のばす途中で裂ける | じゃがいもの粒が大きい、または生地が乾いている | つぶし直し、手を湿らせて表面をなじませる |
| 台に張りつく | じゃがいもの水分が多い | 打ち粉を台に薄く増やし、生地には10gだけ粉を足す |
| 焼くと硬い | 粉が多い、火が弱く焼き時間が長い | 次回は粉を20g減らし、フライパンを十分に予熱する |
| 焼き目が黒い | 打ち粉が焦げている | 1枚ごとにフライパンの粉を乾いた布巾で拭く |
| 折ると割れる | 焼いた後に乾いた、脂を塗るのが遅い | 焼き上がり直後に薄く脂を塗り、布巾をかける |
じゃがいもの種類で迷ったら、初回はメークインを使ってください。男爵は香りがよい一方で、ゆで加減によって水っぽく崩れたり、逆にほろほろ割れたりします。メークインだけで作り、粉の上限を150gに決めると、薄くのばす練習がしやすいです。
フライパンは、空焼きできるものを使います。フッ素樹脂加工のフライパンは高温の空焼きに向かない製品があります。使う場合は説明書の耐熱条件を確認し、中火以下で短時間にします。焼き目を安定させたいなら、鋳鉄や鉄フライパンの方が合います。
現地の食べ方と日本での組み立て
ロクシャは、皿の上で主役にも脇役にもなれる料理です。スロバキア料理の一覧では、ガチョウや鴨の料理、赤キャベツ、ロクシャを組み合わせる食べ方が紹介されています。肉の脂を受け止める薄い一枚として考えると、日本の食卓にも置きやすくなります。

塩味で食べるなら、ローストチキン、鴨の照り焼き、きのこ炒め、ザワークラウトが合います。ガチョウ料理を日本の家庭で日常的に作るのは難しいので、皮つき鶏もも肉をフライパンで焼き、出た脂を小さじ1だけロクシャに塗ると方向が近づきます。脂を塗りすぎると重くなるので、香りを移すくらいで十分です。
甘いロクシャは、クレープよりも素朴です。プラムジャムが手に入らない時は、酸味のあるベリー系ジャムで寄せます。ケシの実は日本では入手しにくい場合があるため、すりごまを少量使うと香ばしさが出ます。ただし、すりごまは和の香りが強いので、粉砂糖を薄く振り、バターの香りを残すとまとまりやすいです。
スープに添える時は、塩を少し控えめにします。豆のスープ、キャベツのスープ、きのこスープの横に置くと、パンの代わりになります。中央ヨーロッパの粉ものを続けて読むなら、チーズで濃厚に食べるスロバキアのブリンゾヴェー・ハルシュキ、ドイツ語圏の卵麺に近いケーゼシュペッツレ、ポーランド系の包む料理であるピエロギも、じゃがいもと粉の使い方を比べやすいです。
保存と温め直し
焼いたロクシャは、冷めると乾きます。作り置きする場合は、脂を塗る前の状態で重ね、粗熱が取れたら1枚ずつオーブンシートを挟んで包みます。
| 保存方法 | 目安 | 温め直し |
|---|---|---|
| 常温 | 半日 | 布巾をかけ、食べる直前に温かいフライパンで20秒ずつ |
| 冷蔵 | 2日 | 霧吹きで軽く湿らせ、弱火のフライパンで片面30秒ずつ |
| 冷凍 | 3週間 | 凍ったまま弱火で片面1分ずつ温め、最後に脂を塗る |
保存用は、最初からバターをたっぷり塗らない方が扱いやすいです。食べる直前に温め、薄く塗ると香りが戻ります。冷蔵したものを電子レンジだけで温めると、部分的に硬くなりやすいので、600Wで20秒温めてからフライパンへ移すとしなやかに戻ります。
翌日に残ったロクシャは、細く切ってスープに入れることもできます。乾いたまま入れると汁を吸いすぎるので、食べる直前に入れ、1分だけ温めます。これは本格的な現地の作法というより、家庭で余らせないための使い方です。
よくある質問
じゃがいもは前日にゆでてもいいですか
前日にゆでても作れます。皮つきでゆでて水分を飛ばし、皮をむいて冷蔵します。翌日は冷たいまま粉を混ぜると割れやすいので、電子レンジ600Wで1分から1分30秒温め、触ると温かい状態にしてからつぶします。
強力粉で作れますか
作れますが、弾力が出て薄くのばしにくくなります。ロクシャはパンのような噛みごたえより、薄く折れる柔らかさを狙う料理です。初回は薄力粉を使い、扱いに慣れてから中力粉を少量混ぜる方が安定します。
卵は入れないのですか
この記事の基本生地には入れません。卵を入れるとまとまりやすくなりますが、焼き上がりがパンケーキ寄りになり、じゃがいもの香りが少し隠れます。どうしても破れる場合は、卵ではなく粉を10gだけ足し、厚さを2.5mm程度にして練習してください。
バターではなくオリーブオイルで塗ってもいいですか
塗れますが、スロバキアのロクシャらしい脂の香りからは離れます。手に入りやすい範囲では、無塩バター、ラード、鶏や鴨を焼いた時に出た脂が合わせやすいです。オリーブオイルを使う場合は、甘いロクシャより塩味のロクシャに向きます。
ザワークラウトが苦手な時は何を合わせますか
きのこをバターで炒め、塩と黒こしょうで強めに味をつけると合います。キャベツを千切りにして弱火でしんなり炒め、酢を小さじ1だけ入れて酸味を足しても、ザワークラウトに近い役割になります。
フライパンに油を引いた方がくっつきにくいですか
油を引くとくっつきにくくなりますが、表面が揚げ焼きに近くなり、ロクシャの乾いた焼き目から離れます。くっつく原因は油不足ではなく、予熱不足、粉の少なすぎ、または生地の水分過多であることが多いです。フライパンを十分に予熱し、台には打ち粉を使い、生地そのものへ粉を足しすぎないようにします。












