パスティの物語|紙袋で持ち歩ける鉱山町の昼ごはん

オーブンの扉を開けると、バターを含んだ生地の香りより先に、じゃがいもと玉ねぎの甘い匂いが出てきます。肉の脂が生地の内側へ少ししみ、縁のひだは濃いきつね色。焼きたてをすぐ切ると中の湯気で指が熱くなりますが、その熱さまで含めてパスティです。
パスティ(Pasty)は、英国コーンウォールから移民と一緒に北米へ渡り、ミシガン州アッパー半島の鉱山町で深く根づいた半月形のミートパイです。英語では「ペイスティ」ではなく「パスティ」に近い発音で、地元では昼食、ロードサイドの店、家庭の冷凍庫に近い料理として語られます。牛肉、じゃがいも、玉ねぎ、ルタバガを生地で包み、手で持てる形に焼く。華やかなソースをかける料理ではありません。
この料理を日本の台所で作るとき、難しいのは材料より「水分を増やさないこと」です。肉を先に炒めたくなりますが、ミシガンのパスティらしさに寄せるなら具は生のまま細かく切って包み、オーブンの中で肉汁と野菜の水分を閉じ込めます。生地は薄すぎると破れ、厚すぎると中が火入れ前に乾きます。だから、工程は派手ではないのに、切る大きさ、包む量、焼き温度の三つが味を決めます。
シティチキンが五大湖周辺の「名前に歴史が残る肉料理」なら、パスティは同じ中西部でも、働く人の昼食として残った料理です。ルイジアナのジャンバラヤのような香りの勢いはありません。その代わり、粉、肉、根菜だけで腹持ちのよい一食になる実用性があります。
英国コーンウォールの Cornish pasty は保護名称や作り方の文脈を持つ料理です。一方、この記事で扱うのは、ミシガン州アッパー半島で食べられてきた米国側のパスティです。ルタバガを使うこと、ケチャップやバターを添える食べ方、ロードサイド店で買う距離感を本文の軸にします。
買い出しと道具|特殊食材より、包む厚みを整える

パスティで輸入食材を追いかけるならルタバガですが、日本では安定して買いづらいです。初回は無理に探さず、かぶと大根で置き換え、切り方と焼き方を先に覚える方がうまくいきます。買い足す価値があるのは、冷たい生地を均一に伸ばすめん棒、バターを温めず粉に切り込める小型フードプロセッサー、中心温度を確認する温度計です。
生地を23cm前後に伸ばす料理なので、細すぎる菜箸では厚みがばらつきます。めん棒は地味ですが、パスティの失敗を減らす道具です。
フードプロセッサーは必須ではありません。手でバターをすり込んでも作れます。ただ、夏場や暖房の効いた台所では、バターが溶ける前に粉と合わせられるので、生地がだれにくくなります。
具を生のまま包む料理では、温度計があると焼きすぎを避けられます。パスティは外の焼き色が先に進むので、初回だけでも中心温度を見てください。
失敗しやすいところ|汁気を増やすと持てないパイになる

一番多い失敗は、具を大きく切ることです。パスティは煮込みではないので、じゃがいもやかぶが1.5cm角になると、外の生地が焼けても中心が固く残ります。逆に細かすぎるみじん切りにすると、野菜の水分が出て底がべたつきます。7mm前後という少し面倒な大きさにするのは、火通りと食感の折り合いです。
次に、生地を温めないこと。台所が暖かい日は、伸ばしている途中で生地がだれます。無理に粉を足すと硬い生地になるので、柔らかくなったら5分だけ冷蔵庫へ戻してください。冷たい生地は割れやすく見えますが、手の温度で少し戻ると伸ばしやすくなります。焦ってこね直すより、休ませた方が早いです。
底漏れは、閉じしろ不足と詰めすぎで起きます。具をたくさん入れたい気持ちは分かりますが、1個160g前後を超えると縁に圧がかかります。余った具は小さな耐熱皿に入れて焼けばよいので、1個に押し込まないでください。表面の穴は肉汁を逃がすためではなく、蒸気を少し抜いて破裂を防ぐためです。大きく切りすぎるとそこから汁が出ます。
味がぼやける時は、塩を足す前にケチャップやバターとの組み合わせで確認します。パスティは単体で濃い味にしすぎると、冷めた時に塩気が立ちます。地元風にケチャップをつけるなら、具の塩は少し控えめでちょうどよいです。バターをのせる日は、さらに塩を強くしない方が食べ飽きません。
現地の食べ方と地域差|ケチャップ派とバター派がいる

ミシガン州アッパー半島のパスティを調べると、ほぼ必ず出てくるのがケチャップです。コーンウォール由来の料理として見ると意外に思えますが、アッパー半島ではロードサイドの店や家庭で、熱いパスティにケチャップをつける食べ方がよく語られます。バターを割った断面に少し入れる人もいます。どちらが正統かで争うより、焼きたての根菜と肉に酸味を足すか、油脂を足して丸く食べるかの違いと考える方が分かりやすいです。
具材も一つではありません。牛肉だけ、牛肉と豚肉、じゃがいも多め、ルタバガ多め、にんじん入り、玉ねぎ強め。鉱山町の昼食として残った料理なので、家庭や店の数だけ配合があります。この記事では牛肉と根菜で作りますが、こま切れ肉を使うより、赤身を小さく切る方が食感は近づきます。ひき肉にすると便利ですが、汁が早く出てパイというよりミートソース入りの包み焼きに寄ります。
ルタバガは守りたい材料ですが、日本では難所です。輸入野菜店で見つけたら試す価値はあります。ただ、手に入らないから作れない料理ではありません。かぶを多めに使うと甘く、だいこんを少し入れると水分が出やすい。だからこの記事では、かぶを主役、大根を補助にしています。にんじんは現地でも入る店と入らない店があります。色はきれいですが甘みが出るので、初回は少量にして、じゃがいもと玉ねぎの香りを邪魔しない程度にします。
パスティの面白いところは、移民の料理が米国の土地で別の生活料理になったことです。コーンウォールの鉱山労働者の食事として語られる半月形のパイが、五大湖周辺の鉄鉱山、銅鉱山、冬の長い道路沿いの店に残る。料理名は同じでも、ケチャップ、冷凍販売、車で買って帰る距離感が加わると、皿の意味は変わります。日本で作るときも、上品なパイとして小さく整えるより、1個で昼食になる大きさにする方が、この料理の輪郭が出ます。
保存と温め直し|冷凍するなら焼いてから

焼いたパスティは、粗熱を取ってから1個ずつラップで包み、冷蔵なら3日、冷凍なら1か月を目安にします。焼く前の生地と具を合わせた状態で冷凍すると、野菜から水分が出て底が破れやすくなるため、家庭では焼いてから冷凍する方が安定します。
冷蔵から温める場合は、180度Cのオーブンまたはトースターで12から15分。冷凍なら冷蔵庫で半日戻してから同じように温めます。急ぐ時は電子レンジ600Wで1分半から2分ほど温め、その後トースターで5分焼くと、中心と表面のバランスが取りやすいです。食べ残しを温め直す時は、中心74度Cを目安にすると安心です。
弁当にするなら、完全に冷ましてから包みます。焼きたてをすぐ紙で包むと、蒸気で生地が湿ります。ケチャップは別容器にし、切らずに1個のまま持っていく方が崩れません。半分に切って持つなら、断面を上にして冷まし、汁気が落ち着いてから包みます。
あわせて作りたい料理
パスティは単体で一食になる料理なので、同じ日に重い肉料理を重ねるより、スープや酸味のある副菜を置く方が食べやすいです。米国の地方料理で続けるなら、米とスパイスのジャンバラヤ、パンに具を挟むポーボーイへ進むと、同じ国でも南部と五大湖周辺の違いが見えます。
包む料理として比べるなら、ボリビアのサルテーニャは汁気を閉じ込める発想が近く、アルゼンチンのエンパナーダは具の味付けと生地の厚みに違いがあります。ゆでる包み料理に広げるなら、ロシアのペリメニも比較しやすいです。
FAQ

ひき肉で作れますか?
作れますが、この記事ではすすめません。ひき肉は塩をすると水分が出やすく、生地の底が湿ります。使うなら、牛ひき肉を250gにし、野菜を少し小さく切り、具を混ぜたらすぐ包んでください。食感はパスティよりミートパイに近づきます。
ルタバガが手に入りません
かぶ120gと大根30gで代替できます。かぶだけにすると甘く柔らかく、大根だけにすると水分が出やすいです。切った後に塩を振って水切りする方法もありますが、具全体の塩気が読みにくくなるので、初回はそのまま使い、量を控えめにします。
ケチャップは本当に合いますか?
合います。アッパー半島の食べ方としてよく出てくる組み合わせで、肉と根菜の素朴な甘みに酸味が入ります。バター派なら、切った断面に小さじ1ほどのバターをのせて溶かします。両方を一度に多く使うと重くなるので、半分ずつ試すのがよいです。
オーブンなしで作れますか?
フライパンだけでも作れますが、焦げやすく中心温度の管理が難しくなります。厚手のフライパンに薄く油をひき、弱めの中火で両面に焼き色をつけたあと、ふたをして弱火で20分前後蒸し焼きにします。途中で何度か返し、最後はふたを外して水分を飛ばしてください。それでも、初回はオーブンの方が安定します。
前日に準備できますか?
生地は前日に作れます。冷蔵庫で一晩置き、使う20分前に出してください。具は前日に切ると水分が出るため、当日に切る方がよいです。どうしても前日に準備するなら、野菜だけ切って別々に保存し、塩と肉は包む直前に合わせます。












