赤ワインの湯気が立つ、マルタの兎煮込み

鍋のふたを少しずらすと、赤ワイン、にんにく、ローリエ、トマトの香りがふっと立ちます。牛肉のシチューより軽く、トマト煮よりも野性味があり、骨付き肉の周りからほどけるソースをパンでぬぐいたくなる。ストゥファット・タル・フェネックは、マルタで親しまれてきた兎の煮込みです。
現地語では「Stuffat tal-Fenek」。fenek は兎、stuffat は煮込みを指します。観光向けには「Maltese rabbit stew」と説明されることが多い料理ですが、食べ方まで見ると単なる肉のトマト煮ではありません。濃いソースを先にスパゲッティへ絡め、兎肉とじゃがいもを主菜にする家もあります。大皿で出して、パン、サラダ、ワインを置くと、地中海の島らしい食卓になります。
日本では兎肉が常に手に入るわけではありません。この記事では、兎肉で作る基本を軸にしつつ、骨付き鶏もも肉で「マルタ風」に寄せる時の違いもはっきり書きます。鶏肉に替えると正式な fenek ではありません。それでも、赤ワイン、ローリエ、トマトペースト、低い火で煮る時間を守れば、買い物で無理をしない範囲でマルタの味の輪郭に近づけます。
ストゥファット・タル・フェネックとは

マルタ政府の伝統農産食品登録では、rabbit stew はマルタ諸島由来の料理として扱われ、兎肉、野菜、トマトペーストまたはトマト、じゃがいも、豆、ローリエ、ハーブを低い火で煮る料理として説明されています。古くは土や石で作った簡易の炉、または伝統的な鍋でゆっくり火を入れたとされ、農村部の食文化と結びついています。
料理名の周辺には「fenkata」という言葉もあります。これは料理名そのものというより、兎料理を囲む食事の場を指すことがあり、前菜、兎ソースのパスタ、煮込みや揚げ兎を組み合わせる食べ方に広がります。日本で作るなら、一皿で完結させず、ソースを少し取り分けてスパゲッティへ絡めると、現地の食べ方に近い楽しさが出ます。
近い料理としては、スペインのフィデウアやパエリア・バレンシアーナのように、地中海沿岸で米や麺、肉、魚介を大皿で分ける料理があります。ただしストゥファット・タル・フェネックは、兎肉と赤ワインの煮汁が主役です。米や麺を炊き込むのではなく、煮込んだソースをパンやパスタで受け止めるのが違いです。
兎肉がない時の日本向け代替

兎肉は脂が少なく、鶏むね肉よりはしっとり、鶏もも肉より軽い食感です。日本で手に入りにくい場合、骨付き鶏もも肉を使うのが一番扱いやすい代替です。骨なし鶏もも肉でも煮込めますが、骨から出るうま味が弱くなるので、水ではなく薄いチキンブイヨンを使ってください。
鶏肉で作る場合の分量は、骨付き鶏もも肉900g、赤ワイン250ml、水または薄いブイヨン250mlで始めます。煮込み時間は兎肉より短く、肉を戻してから弱火で35分、じゃがいもを入れて20分が目安です。中心温度は鶏肉なら75度C、兎肉なら米国FoodSafety.govの目安に合わせて71度C以上を確認します。
代替してよいものと、変えないほうがよいものを分けると味がぶれません。
| 判断 | 置き換え |
|---|---|
| 置き換えてよい | 兎肉を骨付き鶏もも肉へ、セロリを玉ねぎへ、冷凍グリーンピースをいんげんへ |
| 量を調整してよい | 赤ワイン、トマト缶、水。鍋の大きさで煮汁の蒸発が変わる |
| 変えないほうがよい | ローリエ、にんにく、トマトペースト、肉を焼きつける工程、低い火で煮ること |
| 避けたい | ケチャップ大量置換、強い甘口ワイン、薄い片手鍋での長時間煮込み |
この料理に使う食材・道具

近所で買うものは、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、トマト缶、赤ワインです。通販で見る価値があるのは、兎肉そのものではなく、何度も使い回せる道具とスパイスです。兎肉は店や時期で品質差が大きいので、初回は精肉店の取り寄せや信頼できる冷凍肉を探し、商品カードの数合わせにはしません。
オールスパイスは伝統的な必須食材ではありませんが、赤ワインとトマトで煮る骨付き肉に少量入れると、ソースの角が丸くなります。ガイアナのペッパーポットやコンゴのバブテにも回せるので、瓶が余りにくいスパイスです。
煮込みは鍋でかなり変わります。薄い鍋だと底だけ焦げ、兎肉がぱさつく前にソースが詰まってしまいます。4人分なら22cm前後の厚手鍋が扱いやすく、弱火で小さな泡を保ちやすいです。
骨付き肉は「柔らかい」だけでは安全確認になりません。兎肉は71度C以上、鶏肉代替は75度Cを目安に、厚い部分を測ってから火を止めると、煮込みすぎも生焼けも避けやすくなります。
失敗しやすいところと直し方

| 困った状態 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| 肉が硬い | 火が強すぎる、焼きつけ後に煮立たせすぎた | 煮汁を足し、弱火で15分追加。泡は小さく保つ |
| ソースが水っぽい | ふたを閉め切った、鍋が小さく蒸発しにくい | 肉を取り出し、弱めの中火で5から8分煮詰める |
| 酸味が立つ | トマト缶の酸、ワインの渋み | 砂糖小さじ1、オリーブオイル小さじ2を足す |
| 味が薄い | 煮込み前の塩が少ない | 仕上げに塩を小さじ1/4ずつ足す。ブイヨンキューブで急に濃くしない |
| じゃがいもが崩れた | 強く混ぜた、早く入れすぎた | 次回は最後の20分で入れる。今回はパンかパスタで受ける |
この料理は「煮込むほど良い」ではありません。兎肉は牛すね肉のように長時間でとろける肉ではなく、脂が少ない分、火が強いと硬さが目立ちます。鍋の中で肉が踊るほど沸いていたら強すぎます。小さな泡、ふたを少しずらす、途中で一度返す。この三つだけで仕上がりがかなり変わります。
食べ方と保存

現地の fenkata に寄せるなら、先にソースを少しスパゲッティへ絡めて小皿で出し、その後に兎肉、じゃがいも、パンを出します。日本の夕飯なら、最初から大皿に盛り、パンとサラダを添えるだけでも十分です。酸味のあるサラダ、焼いたズッキーニ、オリーブ、軽い赤ワインがよく合います。
余ったら、肉とソースを分けずに保存容器へ入れ、冷蔵で2日を目安に食べ切ります。パスタは一緒に保存するとソースを吸って重くなるため、別にします。温め直しは鍋に移し、水大さじ2から3を足して弱火で8分。電子レンジなら600Wで2分温め、一度混ぜてから1分追加します。
翌日にソースだけが少し残った時は、パンにのせる、ショートパスタに絡める、焼いたなすにかけると無駄がありません。マルタ政府の伝統食品登録では、兎の煮込みが残った場合にパイの詰め物に使われた記録にも触れられています。家庭料理らしい再利用まで含めて、この料理の面白さです。
よくある質問

兎肉はどこで買えますか?
一般的なスーパーではほとんど見ません。ジビエや輸入肉を扱う精肉店、業務用食材店、冷凍肉の通販で探すのが現実的です。初回は丸ごと一羽より、ぶつ切り済みの骨付き肉が扱いやすいです。
赤ワインは白ワインに替えられますか?
家庭差はありますが、この記事の配合では赤ワインを推奨します。トマトと骨付き肉のソースに深さが出ます。白ワインで作る場合は、トマトをやや控えめにし、ローズマリーやタイムを足すと軽い仕上がりになります。
オールスパイスは本場の必須材料ですか?
必須ではありません。この記事では、日本の台所で兎肉や骨付き鶏を煮た時に香りが単調にならないよう、ごく少量だけ使っています。ローリエとにんにくを抜いてオールスパイスだけで補うものではありません。
子ども向けにワインなしで作れますか?
ワインの風味がこの料理の輪郭なので、完全に抜くと別のトマト煮に近くなります。使わない場合は、水200ml、無塩トマトジュース100ml、米酢小さじ1で酸味を補い、煮込み時間を同じにします。ワインを使う場合も、工程4で3分以上しっかり沸かします。
ほかの世界料理と組み合わせるなら?
地中海の食卓に寄せるなら、スペインのフィデウア、ギリシャのファソラーダ、キプロスのクーペピアと合わせて読むと、トマト、豆、ハーブ、煮込み文化のつながりが見えます。骨付き肉の煮込みとしては、ドイツのガイスブルガー・マルシュも火加減の比較に向いています。













