ココナッツの湯気に、シナモンが沈む
鍋にココナッツミルクを入れて温めると、最初は甘い匂いよりも、缶を開けたときの青い脂の香りが立ちます。そこにシナモン、バニラ、ナツメグを落とし、プランテンと芋を沈める。ふつふつと煮るうちに、白い液体が少しずつベージュになり、木べらの跡が一瞬だけ鍋底に残るようになります。この変化が、セーシェルのラドブ(Ladob)のいちばん楽しいところです。
ラドブは、インド洋の島国セーシェルで食べられるココナッツ煮です。甘い版ではプランテン、キャッサバ、さつまいも、パンの木の実などを、ココナッツミルク、砂糖、シナモン、バニラ、ナツメグで煮ます。英語圏ではデザートとして紹介されることが多い一方、塩漬け魚やパンの木の実を使う塩味版もあり、島の主食と保存食の感覚が見えます。
この記事では、日本で現実的にそろう材料を優先し、プランテン、さつまいも、冷凍キャッサバで作ります。パンの木の実は日本ではかなり入手が難しいため、無理に探しません。守るべき芯は、ココナッツミルクを煮立てすぎないこと、芋を大きく切ること、プランテンを最後に入れて崩さないことです。
甘いラドブは、ココナッツミルクの脂、プランテンの青み、根菜の重さ、シナモンとナツメグの温かい香りで成り立ちます。砂糖を増やして日本のぜんざいのように甘くするより、塩を少し入れて、芋と果物の甘みを前に出す方がセーシェルらしい方向に寄ります。
ラドブとは何か
セーシェルはアフリカ大陸の東、インド洋に浮かぶ島国です。食文化にはアフリカ、フランス、インド、東南アジアの影響が重なり、魚、米、ココナッツ、スパイス、根菜がよく出てきます。ラドブはその中でも、派手なごちそうというより、島の台所にある食材をココナッツでまとめる料理です。
| 見るポイント | ラドブの特徴 | 日本で作るときの考え方 |
|---|---|---|
| 現地名 | Ladob、Ladob bannann などと表記される | bannann はバナナ、プランテン系の材料を指す文脈で出る |
| 主材料 | プランテン、キャッサバ、パンの木の実、さつまいもなど | まずプランテンとさつまいも、冷凍キャッサバで組む |
| 味付け | ココナッツミルク、砂糖、シナモン、バニラ、ナツメグ、塩 | 砂糖は控えめ、塩2gで輪郭を作る |
| 版の違い | 甘いデザート版と、塩漬け魚を使う塩味版がある | 初回は甘い版が作りやすい。塩味版は魚の塩抜きが要る |
| 食べ方 | 温かくても、少し冷めても食べられる | 温かい茶、無糖のアイスティー、濃いコーヒーに合う |
同じ「島のココナッツ煮」として読むなら、ジャマイカのランダウンは魚とココナッツ、スリランカのビビッカンはココナッツとスパイスの菓子、マダガスカルのコバは米粉と葉の甘い軽食です。ラドブはその中間で、主食の根菜とデザートの甘さが同じ鍋に入ります。
買い出しで迷う材料
近所のスーパーでそろいやすいのは、さつまいも、砂糖、塩です。ラドブらしさを左右するのは、無糖のココナッツミルク、プランテン、冷凍キャッサバ、シナモンスティックです。プランテンは輸入食材店や大型スーパーで見つかることがあります。見つからない日は、硬めのバナナとさつまいもを増やす家庭版に切り替えます。
最初に見る価値があるのは、ココナッツミルク缶、シナモンスティック、ナツメグを切らした日の代替に使えるオールスパイスです。ココナッツミルクが薄いと、芋をただ甘く煮た味に寄ります。冷凍キャッサバは実店舗の冷凍棚や輸入食材店で、原材料がキャッサバそのものか確認して買います。コロッケなどの加工品と間違えやすいので、ここでは商品カードにせず、買い方の説明に留めます。
失敗しやすいところ
ラドブは工程が短いぶん、火加減の失敗が味に出ます。強く沸かしても食べられますが、ココナッツミルクの脂が分離し、芋の角がなくなり、香りが単調になります。
| 状態 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| ソースが油っぽく分かれる | 強火で沸かした | 弱火に戻し、水大さじ2を足して静かに混ぜる |
| 芋が崩れて重い | 小さく切った、混ぜすぎた | 3cm角に切り、プランテン投入後は返す回数を減らす |
| 甘さだけが前に出る | 砂糖が多い、塩が少ない | 塩を2g入れ、次回は砂糖35gで作る |
| キャッサバが硬い | 解凍不足、中心の芯が残った | 先に電子レンジ600Wで2分温め、芯を外してから煮る |
| 香りが弱い | パウダースパイスだけで煮た | シナモンスティックを使い、ナツメグは最後に少し足す |
日本での代替と、代替しない方がよいもの
プランテンは日本では安定して手に入りません。硬めのバナナで代用できますが、完全な置き換えではありません。プランテンは甘さの前にでんぷん質があり、煮ても形が残ります。普通のバナナは香りが強く、火が入るとすぐ柔らかくなるため、仕上がりはよりデザート寄りになります。
| 現地寄りの材料 | 日本での代替 | 仕上がりの違い |
|---|---|---|
| プランテン | 硬めのバナナ、またはバナナ1本とさつまいも100g追加 | 甘く柔らかい。煮崩れやすい |
| パンの木の実 | さつまいも、里芋、冷凍キャッサバ | パンの木の実の栗のような香りは出ない |
| キャッサバ | メークイン、里芋 | もちっとした繊維感は弱くなる |
| ココナッツミルク | ココナッツクリーム200mlと水200ml | 濃くなる。煮詰まりが早い |
代替しない方がよいのは、ココナッツミルクです。牛乳や生クリームで作ると、料理としてはおいしくても、ラドブの島の輪郭から外れます。ココナッツの脂が、芋と果物を同じ皿にまとめる接着剤になります。
甘い版と塩味版の違い
甘いラドブは、食後や軽食に向くココナッツ煮です。砂糖、シナモン、バニラが入り、温かいデザートとして紹介されることが多いです。対して塩味版は、塩漬け魚、パンの木の実、キャッサバなどを使い、主食寄りになります。セーシェルの食卓では、魚とココナッツの組み合わせも自然です。
日本の台所で塩味版から入ると、塩漬け魚の戻し加減、魚の匂い、パンの木の実の代替が一度に難しくなります。まず甘い版で、ココナッツミルクを煮立てない感覚と、根菜を崩さず煮る感覚をつかむ方がよいです。魚とココナッツの組み合わせを別方向から試すなら、ジャマイカのランダウンが入りやすいです。
食べ方と献立へのつなぎ方
ラドブは、熱々で急いで食べるより、少し温度を落として香りを見た方がおいしい料理です。ソースが冷めると少し締まるので、食卓では小さなスプーンを添え、芋にソースをからめながら食べます。甘い紅茶、無糖のアイスティー、濃いコーヒーがよく合います。
セーシェル料理だけで一食を組む記事はまだ薄いので、現時点では「島のココナッツ料理」として回遊を作ります。ココナッツの甘い方向ならビビッカン、葉包みや米粉の甘い方向ならコバ、根菜の主食感を知りたいならフフが近い読み物になります。大西洋の島国料理では、カーボベルデのカチュパも、豆と根菜を重ねる意味で比較しやすいです。
保存と温め直し
ラドブはココナッツミルクを使うため、室温に長く置きません。食べきれない分は粗熱を取り、浅い容器に移して早めに冷蔵します。

| 保存方法 | 期間 | 食べるとき |
|---|---|---|
| 常温 | 2時間以内 | 夏場は短くする。食卓に置きっぱなしにしない |
| 冷蔵 | 2日 | 鍋に移し、水大さじ1から2を足して弱火で温める |
| 冷凍 | 2週間 | 食感は落ちる。1食分ずつ冷凍し、自然解凍後に弱火で温める |
| 電子レンジ | 600Wで1分30秒 | 途中で一度混ぜる。加熱しすぎると油が浮く |
温め直しで大事なのは、煮直さないことです。冷蔵後はソースが固くなるので、水を少し足し、弱火で鍋底からゆっくり戻します。強火で一気に温めると、ココナッツの脂が浮き、芋の角が崩れます。
栄養の目安
プランテン、さつまいも、キャッサバが入るため、ラドブは見た目より腹持ちがあります。食後のデザートとしては小鉢で十分です。ココナッツミルクの脂質もあるので、軽い飲み物と合わせると重さが残りにくくなります。
| 1人分の目安 | 量 |
|---|---|
| エネルギー | 約430kcal |
| たんぱく質 | 約4g |
| 脂質 | 約18g |
| 炭水化物 | 約70g |
| 食物繊維 | 約7g |
| 食塩相当量 | 約0.5g |
FAQ
プランテンなしでも作れますか
作れます。硬めのバナナ2本を使い、さつまいもを100g増やしてください。ただし普通のバナナは柔らかく、甘い香りが強いので、プランテン版よりデザート寄りになります。入れるタイミングは工程4の後半、煮る時間は6分ほどに短くします。
キャッサバは必須ですか
必須ではありません。さつまいもだけでも作れます。ただ、キャッサバが入ると、もっちりした根菜の重さが出ます。エクアドルのエンセボジャードでもユカ芋がスープの食べ応えを作るように、キャッサバは汁気を受け止める根菜です。
ココナッツミルクが分離しました
強く煮立てた可能性が高いです。火を止め、水大さじ2を足し、木べらでやさしく混ぜます。完全には戻らなくても、味は大きく崩れません。次回は工程2から弱火を守り、鍋の縁に小さな泡が出るくらいで煮ます。
もっと甘くしてもよいですか
できますが、最初は45gで作るのがおすすめです。プランテンとさつまいもにも甘みがあるため、砂糖を増やすと素材の味が消えやすいです。食卓で甘みを足したい場合は、黒糖シロップを小さじ1だけかける方が調整しやすいです。
冷やして食べてもよいですか
冷やしても食べられます。ただし冷蔵庫から出した直後はココナッツの脂が固まり、芋も締まります。10から15分ほど室温に置くか、電子レンジ600Wで30秒だけ温めると、香りが戻ります。
参考にした資料
- Seychelles Cultural Foundation. "Ladob." Seychelles Cuisine. https://seychellesculturalfoundation.com/seychellescuisine/dishes/popup?id=160
- Wikipedia contributors. "Ladob." Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Ladob
- Msingi Afrika Magazine. "Seychellois Banana Ladob." https://www.msingiafrikamagazine.com/2020/09/ladob-recipe/
- Travel Kitchen. "Ladob." https://www.travel-kitchen.com/free-recipes/ladob
ラドブは、日本語ではまだ短く紹介されがちな料理です。けれど、プランテン、キャッサバ、パンの木の実、ココナッツミルクという材料を追うと、セーシェルが「海のリゾート」だけではなく、島の根菜と保存食の台所を持つ国だと見えてきます。まずは甘い版を小さな鍋で作り、ココナッツが芋を包む温度をつかんでください。












