川沿いの食堂で、一羽まるごとが湯に沈む

川沿いの食堂の厨房では、薪火にかけた鍋の湯が静かに揺れています。Saveur誌が2016年に文昌を訪ねて記録した昼どきには、腔に塩としょうがをすり込んだ鶏がこの湯に沈められ、引き上げられた鶏に包丁が入って一羽まるごとが二口大に切り分けられ、しょうが・にんにく・赤唐辛子・ごま油にカラマンシー汁を合わせたたれが添えられます。大皿には切り分けた茹で鶏、鶏の脂で炊いたごはん、たれの小皿が並びます。
文昌鶏(簡体 文昌鸡/繁体 文昌雞)は、海南島・文昌生まれの鶏の品種であり、その鶏を使った料理の名でもあります。椰子の実や落花生の搾りかすを食べて育つ鶏で、肉が柔らかく、脂ののりが持ち味です。この鶏を茹で、茹で汁で炊いた米飯と合わせた皿は「鶏飯」と呼ばれ、海南では文昌鸡饭と書かれます。タイのカオマンガイも、シンガポールの海南チキンライスも、この鶏飯のふるさとから広がった姉妹皿にあたります。
日本の台所で作るには、二つ越えたい山があります。一つは鶏そのもので、文昌鶏は日本のスーパーには並びません。そこで穀物飼育の銘柄鶏で代用します(SBSのレシピも、コーンフェッド鶏への代替を挙げています)。もう一つは火加減です。茹ですぎると、脂ののった皮としっとりした肉という白切の良さが消えてしまうので、茹ですぎが最大の敵です。ごく弱い沸騰と余熱、そして中心温度の確認で防ぎます。この記事では骨付き鶏もも4本(約1.2kg)で家庭版を組み、丸鶏の作り方はFAQで補います。
皿は、鶏、鶏油ごはん、たれ二皿、澄んだスープという四つの部品でできています。タイ版は発酵大豆の一皿だれ、シンガポール版は三種だれですから、たれが二皿というのがこの皿の個性です。一羽分の茹で汁は、ごはんを炊く分、たれを作る分、スープにする分と、三回に分けて使い切ります。
鶏飯のふるさと、椰子を啄む鶏と南洋へ渡った食卓

海南島は中国最南端の島で、文昌はその北東にあたる町です。米国の料理誌Saveurが文昌の農場で確かめた飼育の記録によると、文昌鶏は放し飼いで、椰子の実を啄む鶏です。椰子の実のほか、米、落花生の搾りかす(ピーナッツケーキ)、山芋も食べて育ちます。SBSの紹介では、飼料にとうもろこしとさつまいももあがっています。成鶏は約1.4kg(約3ポンド)で、アメリカのブロイラー(4ポンド超)より小ぶりです。Saveurの食べた記述では、皮は黄色みを帯びて脂ののりがよく、プルッとした食感があるそうです。
文昌鶏は、SBSのレシピ紹介文で海南の四大名菜(four famous delicacies)の一つとされています。伝統的な調理法は白切と呼ばれるゆで仕立てで、ほぼ沸騰の湯に浸けて柔らかさを保ち、しょうが・にんにく・塩のたれで食べます。
とはいえ、茹でが好まれる一方で、白切だけが正解ではないのも土地の面白さです。Saveurの取材記録には、茹でた鶏を落花生油とダークソイで炒める揚げ版や、塩の山に埋めて焼く塩焗鶏も現地にあると記されています。同誌は2016年に文昌を訪ね、1927年から続くと語る鶏飯の食堂の店主、Sung Shen Mei氏の話を伝えています。現地の皿には、鶏の血の固まりや砂肝が並ぶこともあるそうですが、家庭版では省いてかまいません。
19世紀から20世紀にかけて、海南からは多くの人が南洋(シンガポール、マレーシアなど)へ渡り、飲食や宿泊の仕事に就く人が多くいました。SaveurやSBS FoodのDuncan Luの記事によれば、文昌鶏飯は島を出てから海南鶏飯として各地で発展しています。鶏飯は島を出て咲いたのです。シンガポールでは海南チキンライスとして国民食に育ち、タイではカオマンガイの名で定着しました。SBS FoodのDuncan Luの記事は、ベトナム南部にもコームガー・ハイナムの系統があると伝えています。茹で鶏のスープを麺でいただくフォーガーも、鶏のゆで汁を大切にするベトナムの鶏料理です。
白切は「白いまま切る」の意で、色をつけずに茹でて切る調理法の呼び名です。文昌鶏飯は中国語で文昌鸡饭と書き、海南鶏飯(海南雞飯/海南鸡饭)は島を出てからの呼び名です。タイのカオマンガイは「鶏脂ごはん」の意で、鶏飯の文化は各地の言葉で名前を変えながら広まっています。
カラマンシーは、ライムと金柑の中間のような香りの小さな柑橘です。Saveurによると、文昌の食堂では酢の代わりにたれへ絞ります。SBSのレシピはカラマンシーの代わりに金柑を挙げ、カラマンシーと唐辛子を塩で2週間漬けた保存だれも紹介しています。日本ではすだち、金柑、ゆず、ライムで代用できます。酸味の尖りが違うので、まず少なめから足してください。
途中で見つける、味の決め手
失敗したときの直し方

白切の失敗は、鶏・米・だれの三つに分けて直せます。失敗の多くは火加減と水分に集まっていて、直す場所は鍋の火加減、茹で汁の量、だれの油分の三箇所にほぼ絞られます。
鶏が硬い、皮が破れる
原因は煮立てです。強火でぐらぐら沸かすと、肉が縮み、皮も破れます。湯を落としてごく弱い沸騰に戻し、煮立てず余熱で置く時間を確保してください。中心温度を確かめ、足りなければ弱火で5分ずつ足します。
米がべたつく
原因は、茹で汁の量と米の水切りの不足です。炊き上がったらすぐ釜底からほぐし、次回は茹で汁を大さじ1減らします。日本米で作ると粘りやすいので、水分を減らし、炒めてから炊く工程は省かないでください。
だれが水っぽい
原因は、油分を含まない茹で汁を使ったことです。茹で汁の表面から油ごとすくい直すと戻ります。脂が足りなければ鶏脂小さじ1を足します。塩は注いだ後に味見して足してください。先に足すと、油が少ないときに塩辛くなります。
すだちが手に入らない、柑橘が苦い
カラマンシー果汁、金柑(SBSのレシピが挙げる代替)、ゆず、ライムで代用できます。苦味は種と皮に多いので、搾る前に種を外し、すだちは房ごと絞らないようにします。酸味が強すぎる日は、大さじ1から足して味を見てください。
残りは分けて保存し、翌日までおいしく

鶏、米、たれ二種、スープは、一つの容器にまとめず分けて早く冷やすのが基本です。粗熱が取れたら浅い容器に小分けして、早く冷やします(厚生労働省)。英国FSAは、調理後1〜2時間以内に冷蔵庫へ入れるよう勧めています。冷蔵庫は0〜5℃が目安で、残り物は48時間(2日)以内に食べ切るか冷凍します(FSA)。まな板と包丁は熱湯で仕上げます(厚生労働省)。
温め直すときは、中心まで75℃以上に加熱します(厚生労働省)。鶏は茹で汁大さじ2をかけてふんわり温め直し、米は霧吹き程度の水分で温めます。たれは清潔なスプーンで取り分け、早めに使い切ってください。茹で汁が余ったら冷凍して、炒め物の出汁に使えます(SBS FoodのDuncan Luのレシピの応用)。冷やしたまま薄切りにして、たれときゅうりでサラダ風に食べる方法もあります。こちらは加熱し直す日とは分けてください。
翌日は揚げ版で
翌日は揚げ版で。文昌では、茹でた鶏を落花生油とダークソイで炒める揚げ版があります(Saveurの取材記録)。家庭では、残りの鶏を一口大に切り、落花生油(またはサラダ油)大さじ2を熱して、皮の面から2〜3分焼き、ダークソイ大さじ1を回し入れて絡めます。分量は家庭向けの目安です。皮の縁がパリッとして、ソイの甘じょっぱさが香ったら完成です。
三兄弟との食べ比べ
鶏飯の姉妹皿は、たれの数で食べ分けると違いがよく分かります。添えは、きゅうりと澄んだスープで十分です。濃い炒め物を足すより、酸味のある小皿のほうが鶏飯によく合います。
| 食べたい方向 | 合う記事 | たれの性格 |
|---|---|---|
| 三種のだれを一口ごとに変える | 海南チキンライス | チリ・生姜・ダークソイを別々に添える |
| 発酵大豆の濃いたれで淡い鶏を起こす | カオマンガイ | タオチオ・しょうが・酢の力強さ |
| 茹で汁を麺でいただく | フォーガー | 鶏の香りを汁に回す |
よくある質問

Q1. 丸鶏で作れますか?
作れます。SBSの原配合は、1.7kg前後の丸鶏2羽を45分茹でます。日本の家庭なら、約1.3kgの丸鶏で35〜40分と余熱15分が目安です。腔に塩としょうがをすり込みます(文昌の食堂のやり方。Saveurの記録)。中心75℃の確認は、骨の付け根など厚い部分で行います。温度計があると安心です。
Q2. 文昌鶏は手に入りますか?
日本のスーパーに文昌鶏は並びません。穀物飼育(コーンフェッド)の鶏が代用として近いとされています(SBSのレシピの注記)。穀物飼育の鶏が代用になり、選ぶときは皮付きで脂ののりのある骨付き肉を。皮の脂としっとりした肉が、白切の要です。銘柄鶏が選べる日は、茹で時間を短めにして状態を見ながら足すほうが失敗しにくくなります。
Q3. 茹で汁は全部使うのですか?
こした茹で汁を、ごはん用400ml、たれ用120ml、残りをスープ用に分けて使います。たれ用は表面の油分ごとすくい、スープ用は澄んだ中央部を使います。余った茹で汁は冷凍保存して、炒め物の出汁に使えます(SBS FoodのDuncan Luのレシピの応用)。
Q4. カオマンガイと何が違いますか?
たれの数が違いの核心です。文昌鶏飯は熱だれと、柑橘を酢の代わりにした二皿。カオマンガイはタオチオ(発酵大豆)の一皿だれです。米は、文昌鶏飯が鶏脂・しょうが・にんにく・塩だけで炊くのに対し、カオマンガイも鶏油米ですが香り付けの配合が違います。氷水は、海南では省く流儀もあります。詳しい食べ比べはカオマンガイの記事でどうぞ。












