湯気の立つ素焼きの器に、ほぐした鶏肉、ひよこ豆、にんじんとじゃがいも。赤みを帯びたスープからは、燻したような香りがふわりと立ちのぼります。その香りのもとは、乾燥させて燻した唐辛子チポトレ。角切りのアボカドを浮かべ、熱々をすすれば、ほのかな辛さと燻香が体の芯まで温めてくれます。メキシコシティの南、トラルパンの名を冠したチポトレ香る鶏のスープ、カルド・トラルペーニョ(caldo tlalpeño)です。チポトレのアドボ漬けの缶詰があれば、日本の台所でもそのまま作れます。
二日酔いの将軍と、トラルパンのスープ

トラルパンは、メキシコシティの南部、森に近い地区です。メキシコの新聞エクセルシオールは、ラルース社の料理辞典をもとに、このスープの発祥をトラルパンとし、19世紀、サン・アグスティンの市が開かれていた頃にさかのぼる話として紹介しています。メキシコシティの情報誌チランゴは、メキシコシティで生まれた唯一の伝統料理とまで呼んでいます。
よく語られるのが、19世紀のメキシコ大統領アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナの伝説です。お祝いの翌朝、二日酔いのサンタ・アナが温かくて辛いものを求めると、土地の料理人が鶏のスープに畑の野菜、チポトレ、エパソテを合わせた一杯を作りました。名前を尋ねられた料理人は「カルド・トラルペーニョでございます」と答えた、という話です。確かな記録が残っているわけではありませんが、この話はトラルパンの人々が語り継いできた物語として、いまも店や祭りで紹介されています。
別の説もあります。エクセルシオールによると、トラルパンの路面電車の終点では、屋台の女性たちが旅人や労働者に寒さしのぎのチポトレ入り鶏スープを売っていて、客たちはそれを「トラルパンのスープ」と呼んだといいます。
素焼きの器と、トラルパンの祭り

このスープは、昔から素焼きの器で出されてきました。チランゴによると、トラルパンの市場では今もこのスープを出す食堂があり、器に角切りのアボカドを好きなだけのせて食べるのが定番です。チーズや、酸味のあるサボテンの実ショコノストレを加える店もあるそうです。
トラルパン区は、このスープの祭りも開いています。2026年は6月24日から28日まで、トラルパン中心部のボレロ広場で「カルド・トラルペーニョ祭り」が開かれ、料理人たちがそれぞれのレシピを持ち寄りました。150年近く受け継がれてきたスープは、いまも町の名物として現役です。
伝統的なカルド・トラルペーニョでは、乾燥させたチポトレ・メコを水で戻し、丸ごと入れて香りだけを移します。家庭では、アドボ(トマトと酢の甘酸っぱいソース)に漬けた缶詰のチポトレを、実とソースごと使うのが一般的だと、エクセルシオールは紹介しています。
日本で作るときに頼りになるのも、この缶詰のチポトレ・アドボです。輸入食材店や通販で手に入り、少量でも燻香と辛さがしっかり出ます。エパソテは、メキシコでは豆料理やスープに使う独特の香りのハーブで、日本では乾燥品が手に入ります。
途中で見つける、味の決め手
辛さと燻香を決めるコツ

カルド・トラルペーニョの辛さは、チポトレを何本入れるか、そして刻むか丸ごと入れるかで大きく変わります。丸ごと入れれば香りが中心で辛さは穏やか、刻んで入れれば辛さがしっかり出ます。最初は丸ごと2本から始め、味を見ながら調整するのが失敗しないこつです。
アドボのソースも少し加えると、スープの色が深くなり、甘酸っぱさと燻香が増します。小さじ1から足していき、好みのところで止めてください。
エパソテは、入れすぎると薬草のような香りが強くなります。乾燥品を使う場合は、小さじ1/2を守ってください。手に入らなければ省いても、チポトレの香りでカルド・トラルペーニョらしさは十分に出ます。
鶏肉は、煮終わったらすぐにスープから出しておくと、ぱさつきにくくなります。むね肉の代わりに鶏ももを使うと、脂のうまみが加わり、よりこくのあるスープになります。
チーズや、さやいんげんを足して — アレンジのしかた

エクセルシオールの記事によると、伝統的なレシピには、さやいんげんやズッキーニに似たメキシコのカボチャ、カラバシータを入れることもあります。日本では、さやいんげんとズッキーニを、にんじんやじゃがいもと一緒に煮ると、具だくさんになります。
食べるときに、角切りのフレッシュチーズを加えるのもトラルパン流です。日本では、カッテージチーズや、小さく切ったモッツァレラが手軽です。熱いスープの中で少し溶けて、チポトレの辛さをやわらげてくれます。
食べ方

器が熱いうちに、スープから飲みはじめます。アボカドをスプーンでくずしながら、鶏肉や野菜と一緒に口へ運ぶと、とろりとしたアボカドが燻香の効いたスープとよく合います。ライムを搾ったり、トルティーヤを添えたりしてもおいしく食べられます。
チポトレと鶏肉の組み合わせが気に入ったら、ほぐした鶏肉をチポトレとトマトで煮るティンガ・デ・ポジョも作ってみてください。同じ材料でも、スープと煮込みでまったく違う一皿になります。豆と肉の煮込みスープなら、ホミニーを使うポソレ・ロホもおすすめです。
よくある質問

チポトレがないときはどうすればいいですか?
チポトレの燻香は、ほかの材料では再現しにくいものです。辛さだけなら一味唐辛子で補えますが、カルド・トラルペーニョらしい香りは出ません。缶詰のチポトレ・アドボを用意するのがいちばん確実です。
乾燥ひよこ豆で作れますか?
作れます。乾燥ひよこ豆はひと晩水に浸し、柔らかくなるまで別にゆでてから、水煮と同じように加えてください。
作り置きできますか?
スープと鶏肉は分けて冷蔵し、食べるときにスープを温め直してから器に注ぎます。保存日数のはっきりした目安は示せないので、早めに食べきってください。アボカドは食べる直前に切りましょう。
二日酔いに効きますか?
サンタ・アナの伝説や、二日酔いの朝の一杯として語られることはありますが、効き目を確かめた根拠はありません。温かいスープとして、体調に合わせて楽しんでください。














