トスターダの上に、黒っぽい豆、赤くつやのあるほぐし鶏、細切りのレタス、薄切りのアボカド、白いチーズが重なっていきます。その赤い鶏肉がティンガ・デ・ポヨ(tinga de pollo)です。鶏肉、トマト、玉ねぎ、チポトレを合わせて煮詰めた料理で、この記事のレシピは4人分、約65分。チポトレ1個とアドボソース大さじ1から始めます。辛さは製品によっても、チポトレ1個ごとにも違うので、最初は控えめに。ほぐした鶏肉とチポトレが主役で、盛り付けは食べる直前に。トスターダのぱりっとした音を残すための、ほとんど唯一のコツです。
プエブラ由来のティンガ、土地ごとに変わる肉と具
メキシコ料理辞典Larousse Cocinaは、ティンガをプエブラ由来の料理として紹介しています。いまでは中部の各州に、地域ごと、家庭ごとの版があります。同辞典が挙げる最初の記録は、1881年の料理書『La cocinera poblana』です。ただし、これは記録に残る最初の例であって、1881年に誰かが発明したという意味ではありません。当時の例として挙がるのは、豚の内臓と血を使うtinga caliente、豚肉、じゃがいも、ロンガニーサを合わせるtinga escandalosa。いまの鶏のティンガとは、ずいぶん違う顔つきです。プエブラから中部メキシコへ広がるうちに、土地ごとの材料が混ざっていったのでしょう。
肉や添え方が変わっても、食卓に残る特徴があります。現在のティンガには鶏のほか、豚、牛、いわしの版があり、どれもチポトレが重要な材料として紹介されています。Tlaxcala(トラスカラ)には、ロンガニーサまたはチョリソとじゃがいもを加え、molotesの詰め物にする例があります。Morelos(モレロス)では、hongo cazahuateというきのこを肉の代わりに使う版もあります。日本で手に入るきのこを同じものとして扱うことはできませんが、肉でなくても成り立つ料理だということは伝わります。トスターダやタコス、ケサディーヤの具になり、昼の主菜にもなる。祝いの日だけの特別な皿ではなく、日々の台所に近い煮込みです。
同じプエブラには、チポトレを別の食べ方で味わうセミタ・ポブラナがあります。ごま付きのパンに揚げた肉を重ねる一品で、ティンガと読み比べるとプエブラの食卓が立体的に見えてきます。
日本の家庭で作るなら、チポトレのアドボ缶から
買い出しで優先したいのは、チポトレのアドボ缶です。使うのは本体とソースの両方で、一缶まるごと4人分に入れてしまうと強すぎます。買うときは、アドボソース入りかどうかをラベルで確かめてください。乾燥チポトレは別の商品で、そのまま同量に置き換えることはできません。価格や在庫は店によって違うので、ここでは触れません。トマトは生なら約450g、カットトマトなら400g。玉ねぎは普通のものでかまいませんが、玉ねぎは薄切りにして炒めると、ソースの甘みがしっかり出ます。ケチャップだけに置き換えると、甘みも調味も変わってしまいます。
現地の家庭版にも幅があります。料理家Pati Jinichの公開レシピには、トマトにトマティージョを加える版があります。ただし、すべてのティンガに必須という意味ではありません。オレガノについても、Pati Jinichはメキシカンオレガノがなければ地中海オレガノも使えると回答しています。この記事の配合は乾燥オレガノ小さじ1です。チポトレを別の料理に使いたくなったらセミタ・ポブラナへ。ナッツやチレを重ねる深いソースならモレ・ポブラノも参考になります。
チポトレがない日の家庭向け代替案として、スモークパプリカ小さじ2、通常のパプリカ小さじ1、一味唐辛子小さじ1/4、酢小さじ1を、チポトレ1個とアドボソースの代わりに使う方法があります。同じ味にはなりません。辛さは一味を減らして調整してください。料理本来の香りを初めて知りたいなら、やはりチポトレを選ぶのが近道です。再現率を測ったわけではないので、あくまで近づける工夫と考えてください。
この料理に使える食材・調味料
辛さと水分を整える、失敗したときの戻し方
辛すぎたときは、チポトレを足さず、トマトと鶏肉で薄めます。砂糖を入れても辛味成分が取り除かれるわけではないので、砂糖だけで直そうとしないでください。乳製品が使える人は、食卓でクレマを添えると口当たりが和らぎます。子ども向けに取り分ける場合も、辛さの許容度には個人差があります。辛味は後から足すつもりで、辛味材料を加える前に取り分けておくと安心です。水っぽさについても同じで、鶏肉を入れる前に濃度を整えると、あとが楽になります。
| 困った状態 | 戻し方 | 見分け方・注意 |
|---|---|---|
| 辛すぎる | トマト缶100gとゆで汁50mlを加えて5分ほど煮る。必要なら加熱済みの鶏肉も加える | 少しずつ味を見る。完全に辛さが消える保証はない |
| 水っぽい | ふたを外し弱めの中火で5〜8分を目安に追加加熱 | 焦げないよう混ぜ、汁が流れる状態からしっとりにする |
| 鶏肉が乾いた | ゆで汁大さじ3と油小さじ1を加え弱火で2分ほどなじませる | 失われた食感が完全に戻るわけではない |
| トスターダがしんなり | 具と台を別に置き、食べる直前に盛る | 湿った台を再びぱりっと戻すより新しい台を使う |
| 味がぼやける | 塩ひとつまみ、ライム汁小さじ1ずつで味を見る | 塩をまとめて足さない |
豆ととうもろこしの食卓から、翌日の献立へ

豆、鶏肉、レタス、アボカド、チーズ、クレマ、ライムと、重ねていく具のなかには水気の多いものが混じります。食べる直前に重ねるのは、トスターダの食感を守るためです。同じ豆と具でも、土台が変わると別の料理になります。パヌーチョスは、豆をトルティーヤの内側に詰めるユカタンの料理です。表面に豆を塗るトスターダとは豆の居場所が違うので、次に読む一皿としておすすめです。ソペは、厚いとうもろこし生地の縁で具を受け止めます。豆ととうもろこしの組み合わせは同じでも、手に持ったときの印象はずいぶん違ってきます。
残ったティンガは、翌日以降のいろいろな食事に回せます。温めたトルティーヤには1枚あたり大さじ2〜3をのせてタコスに。チーズと合わせればケサディーヤに。卵焼きの具にも、パンに挟む温かいサンドにも向きます。ごはんにのせて、レタスとライムを添える丼もよく合います。ただし、これらは家庭向けの使い回し案で、現地の必須の食べ方ではありません。地域のほぐし肉を比べたいなら、コチニータ・ピビルも試してみてください。こちらは豚肉にアチョーテと柑橘を合わせる点が異なります。
保存と温め直し
調理を終えた鍋は、清潔な浅い容器へ浅い容器に小分けして、速やかに冷蔵庫へ。大鍋のまま、中心が冷えるのを室温で長時間待つのは避けましょう。冷蔵庫は10℃以下、冷凍庫は−15℃以下というのが、厚生労働省の家庭向け管理の目安です。ただし、温度だけで保存できる日数が保証されるわけではありません。冷蔵したものは早めに食べ切り、長く置く分は早い段階で一食分ずつ冷凍します。トッピングは別に管理してください。食べるときは中心まで十分に再加熱します。
解凍は冷蔵庫か電子レンジで行い、室温に放置しないでください。温め直しは、混ぜながら中心まで75℃以上を目安に十分に加熱します。フライパンなら水大さじ2を足して弱火で。電子レンジなら途中で混ぜます。600Wで何分、という固定値だけで仕上がりを決めないでください。異臭や異常があれば食べないこと。見た目が普通でも安全の保証にはなりません。調理日を容器に書いておくと、いつのものか分からなくなりません。


















