鍋から引き上げたばかりの豚ばら肉のかたまりは、白くふっくらしています。冷ましてから薄く切り、熱した中華鍋に放り込むと、脂がはじける音とともに肉のふちがくるりと反り返ります。そこへ豆板醤を加えると、油が見る間に赤く染まり、発酵した豆と唐辛子の香りが台所いっぱいに広がります。四川でもっとも有名で、もっとも深く愛されている料理といわれる回鍋肉(ホイグオロウ)です。
「鍋に戻す肉」が四川の郷愁になるまで

回鍋肉(回锅肉)という名前は、文字どおり「鍋に戻した肉」という意味です。豚肉をまずゆで、いったん鍋から出して切り、もう一度鍋に戻して炒める。その二度の加熱が、そのまま料理の名前になりました。英語では「Twice-cooked pork(二度調理した豚肉)」と訳されます。
四川料理の研究で知られる英国の料理研究家フクシア・ダンロップは、著書『Land of Plenty』の中で、回鍋肉を四川料理の中でもっとも有名で愛されている料理と紹介しています。海外で暮らす四川の人々にとっては故郷を思い出させる懐かしい味で、年配の人の子ども時代の思い出と結びついていることが多いといいます。成都の店主から聞いた話として、豚が放し飼いで育てられていた昔は、誰かが回鍋肉を作るとその香りで近所じゅうがすぐにわかった、というエピソードも書かれています。
仕上がった回鍋肉の、ふちが反って丸くなった肉の形を、成都の古い言葉で「灯盏窝形(デンジャンウォーシン)」と呼ぶそうです。革命前の中国で、油を入れて明かりにした小さな灯明皿に形が似ていることからついた呼び名です。
同じ本によれば、回鍋肉はかつて四川の秘密結社の集まりで決まって食べられていた料理で、四川西部の一部では今も「袍哥肉(パオグーロウ)」、つまり「秘密結社の肉」というあだ名で呼ばれているそうです。四川の料理人は伝統的に、脂身と赤身が半々で皮のついた豚のもも肉を使います。日本では手に入りにくいので、今回は皮なしでも作りやすい豚ばら肉のかたまりで作ります。
日本の回鍋肉との違い

日本で回鍋肉といえば、キャベツと豚肉を甘辛いみそだれで炒めた料理を思い浮かべる人が多いでしょう。キャベツやピーマン、玉ねぎなどで作る回鍋肉もありますが、四川の料理人が伝統的に使う野菜は、蒜苗(スアンミャオ)と呼ばれる葉にんにくです。ダンロップは、若い細めのリーキも十分な代わりになり、緑の葉が多い普通のリーキや、中国の長ねぎも使えるとしています。
日本で手に入りやすいのは、葉にんにくか長ねぎです。葉にんにくは、産直市場や一部のスーパーで見かけることがあります。見つからなければ、長ねぎの青い部分を多めに使うと、四川の回鍋肉らしい青い香りが出ます。どちらも斜めに5cmほどの長さに切ってそろえます。
豆板醤は、回鍋肉の味をほぼ決める調味料です。香りと辛さは商品によってかなり違うので、最初は材料表の分量で作り、物足りなければ次から少しずつ増やしてください。四川の郫県(ピーシェン)で作られる豆板醤は、中華食材店や通販で手に入ります。
途中で見つける、味の決め手
盛り付けと食べ方

回鍋肉は、炊きたての白いご飯と一緒に食べるのがいちばんです。ダンロップも、白いご飯と一緒に食べればすばらしい食事になると書いています。脂の甘みと豆板醤の辛みがご飯によく合い、一皿でご飯が何杯も進みます。皿に残った赤い油もご飯に絡めて食べると、最後まで余さず楽しめます。
四川の家庭料理をもう一皿そろえるなら、同じ豆板醤を使う麻婆豆腐がよく合います。辛い肉料理が二品になると重くなるので、もう一品は青菜炒めや卵のスープのようなあっさりした料理にすると、食卓の釣り合いがよくなります。
アレンジの楽しみ方

豆板醤に甜麺醤(甘みそ)や豆豉(発酵黒豆)を加える作り方もあります。甜麺醤を小さじ1足すと甘みとこくが増し、刻んだ豆豉を小さじ1加えると、発酵の香りがいっそう深くなります。どちらも豆板醤と一緒に手順5で炒めてください。
ダンロップは、四川の平たい焼きパン「鍋盔(グオクイ)」を加えた「鍋盔回鍋肉」というアレンジにも触れています。日本で作るなら、ピタパンを揚げて使うと近い食感になります。日本式に近づけたい場合は、葉にんにくの代わりにざく切りのキャベツ1/4個分を使い、キャベツは手順6で先に30秒炒めてから豚肉を戻すと、水っぽくなりません。
よくある質問

豚肉は薄切り肉を使ってもよいですか?
市販の薄切り肉でも作れますが、ゆでてから切るかたまり肉とは食感が大きく変わり、肉のふちが反り返る灯明皿の形にもなりにくくなります。回鍋肉らしさを味わうなら、かたまりの豚ばら肉をゆでるところから作るのがおすすめです。
葉にんにくがない場合は?
長ねぎで代用できます。青い部分を多めに使い、斜めに5cm長さに切ってください。にんにくの香りを補いたい場合は、にんにくの薄切りを1片分増やします。
辛さを抑えるには?
豆板醤を大さじ1に減らし、青唐辛子をピーマンに替えると、辛さがかなり穏やかになります。そのぶん甜麺醤を小さじ1足すと、味の物足りなさを補えます。
作り置きはできますか?
炒めた後に時間がたつと、野菜がしんなりして食感が落ちます。豚肉をゆでてかたまりのまま冷蔵しておけば、食べる直前に切って炒めるだけで作れます。ゆでた豚肉は粗熱を取ってから冷蔵庫に入れ、早めに使いきってください。













