焼きたての丸い一皿が、床に広げた布の真ん中に置かれます。黄金色の表面には、とろりとしたはちみつとバターが光り、黒いニゲラシードが点々と散っている。家族や客がそれを囲み、まだ熱いうちに指でちぎると、薄い生地が一枚ずつはがれていきます。ビント・アル・サフン(bint al-sahn)は、イエメンの祝いの日に、食事のはじめに出される重ね焼きのはちみつパイです。
「皿の娘」と呼ばれるパイ

ビント・アル・サフンは、アラビア語で「皿の娘」という意味です。サバーヤ(sabayah)という別名もあります。英語では「はちみつケーキ」と訳されることが多いのですが、実際のところはケーキというより、何層にも重ねて焼いた、バターの香るさくさくした生地に、はちみつと溶かしたギーをかけて食べるパイに近い菓子です。生地は小麦粉、卵、イースト、そして澄ましバター(サムン)で作り、焼き上がりにはちみつをかけて、黒いニゲラシード(アラビア語でハッバ・アッ=サウダ)を散らします。
カナダの料理研究家ハビーブ・サッルームは、首都サナアの料理としてこの菓子を紹介し、特別な日には必ず最初の一品として出されると書いています。普段の食事に添えることもでき、朝ごはんやデザートにもよく合うそうです。甘いものを食事の最初に食べる、というところに、日本の感覚とは違うイエメンの食卓の順番が表れています。
ビント・アル・サフンは、イエメンでとても人気のある料理のひとつに数えられます。一方で、薄い生地を何枚も重ねる手間がかかるため、レストランで出されることは少なく、多くは家庭で作られています。焼きたての温かいうちに食べるのがいちばんとされるのも、家で作られる理由のひとつです。
層は、紙のように薄く

この菓子でいちばんの要とされるのは、生地の一枚一枚を紙のように薄くのばすことだとされています。薄い生地のあいだに溶かしバターを塗り、それを重ねて焼くことで、層と層のあいだに空気とバターが入り、焼き上がると一枚ずつはがれるような軽い食感になります。生地が厚いと、層がくっついてパンのような重い食感になってしまいます。
今回のレシピは、サッルームの配合で直径20〜23cmほどのパイ皿2枚分を作ります。12個に分けた生地を1枚ずつのばし、1皿に6枚ずつ重ねます。最初の数枚は思うように薄くならなくても、生地を休ませながらのばすうちに、だんだんと扱いに慣れてきます。
途中で見つける、味の決め手
温かいうちに、みんなでちぎって

ビント・アル・サフンは、焼きたての温かいうちに食卓へ出します。パイ皿ごと真ん中に置き、手でちぎって分け合うのがよく似合います。はちみつバターが足りなければ、器のものを好きなだけかけてください。甘さとバターのこくに、ニゲラシードの香ばしさが加わって、温かい紅茶と一緒に食べると止まらなくなります。
イエメンの食卓には、ほかにも家庭の台所から生まれた料理がたくさんあります。サルタやファフサ、米と肉のマンディを食事にして、最後ではなく最初にビント・アル・サフンを出してみると、イエメン流の食卓の順番を楽しめます。
よくある質問

生地を薄くのばすのが難しいです。どうすればいいですか?
生地がのびにくいのは、グルテンが締まっているためです。のばしている途中で縮むようなら、布をかけて5〜10分休ませてからやり直してください。台に打ち粉を多めにふり、生地を時々持ち上げて向きを変えながらのばすと、台に張りつかず薄くできます。
1皿だけ作ることはできますか?
材料をすべて半量にすれば1皿分になります。ただし卵5個を半分にするのは難しいので、卵は2個と、溶き卵を大さじ1〜2ほど足して量を合わせてください。生地のかたさは牛乳で調整します。
冷めたらどう食べればいいですか?
ビント・アル・サフンは、焼きたての温かいうちがいちばんおいしいとされます。冷めたものは、オーブンやオーブントースターで軽く温め直すと、表面の層が少しさくっとします。食べきれない分は、ふたつきの容器に入れて早めに食べきってください。
ニゲラシードがなければどうしますか?
入れなくても作れます。ニゲラシードはこのパイに独特の香ばしさを加えるものなので、手に入ったときにぜひ試してみてください。












