「ジュー」という音が名前の由来——ベトナム屋台の黄金クレープ
ホーチミンの路地裏。薄暗い屋台の前に、白い煙が立ちのぼっています。おばちゃんが油をひいた丸いフライパンに黄色い生地を流し入れた瞬間——「ジュー(xeo)」。その音がこの料理の名前です。
バインセオ(Banh Xeo / Bánh Xèo) ——ベトナム語で「ジューと鳴る餅」を意味する、ターメリックで黄金色に染まったパリパリの米粉クレープです。エビ、豚肉、もやしを具材に包み、半月形に折りたたんで焼き上げる。食べるときは一口大にちぎり、レタスやハーブで巻いて、甘酸っぱいヌクチャム(タレ)につけて口に運びます。
バインセオの魅力は食感のコントラストにあります。外側のパリパリと砕ける生地、中のジューシーなエビと豚肉、シャキシャキのもやし、そして生のハーブの清涼感。一口ごとにこれらが混然一体となり、ヌクチャムの甘酸っぱさが全てをまとめ上げます。
日本ではまだ「フォー」やバインミーほどの知名度はありませんが、ベトナム国内では全土で食べられる国民的な料理です。南部のホーチミンでは直径30cm以上の大きなバインセオが主流で、中部のフエでは手のひらサイズの小ぶりな一口バインセオが名物。地域によって大きさも具材もスタイルも異なります。
ベトナム語で「バイン(Bánh)= 餅・生地もの」「セオ(Xèo)= ジューという音の擬音語」。生地を熱い油のフライパンに流し入れたときの音が名前の由来。フランス植民地時代の「クレープ」の影響を受けたとする説と、カンボジアのバンチャエウ(Banh Chiao)が起源とする説がある。英語圏では「Vietnamese Sizzling Crepe」「Vietnamese Pancake」と呼ばれる。

この料理の歴史——インドシナ半島のクレープ文化
バインセオの起源については諸説ありますが、最も有力なのはカンボジアのバンチャエウ(Banh Chiao)が起源とする説です。
カンボジアのクメール族は古くからターメリック入りの米粉クレープを食べており、これがメコン川流域を通じてベトナム南部に伝わったとされています。ベトナム南部はかつてクメール帝国の一部であり、食文化の交流が盛んでした。
フランス植民地時代(1858〜1954年)には、フランスのクレープの技法がバインセオに影響を与えた可能性があります。薄い生地をフライパンで焼く技法自体はベトナムにもともとありましたが、フランス料理の影響で生地がより薄く、パリパリに焼き上げるスタイルが発展したと考えられています。バインミーがフランスのバゲットをベトナム化したように、バインセオもまたフランスとベトナムの文化融合の産物である可能性があるのです。
1975年のサイゴン陥落後、多くのベトナム人がアメリカ、オーストラリア、フランスに移住し、ベトナム料理レストランを開きました。これによりバインセオは世界中に広まり、現在ではオレンジカウンティ(カリフォルニア州)やパリの13区(アジア人街)でも食べられています。
調理のコツ——バインセオを完璧にする5つの技術

1. 生地は「薄く」が鉄則
バインセオの生地はできる限り薄く焼くのがポイントです。厚い生地はカリカリにならず、ふにゃふにゃのクレープになってしまいます。フライパンに生地を流したら、すぐにフライパンを回して薄く広げてください。「フライパンの底が透けて見える」くらいの薄さが理想です。
2. ココナッツミルクで風味とパリパリ感UP
生地にココナッツミルクを加えるのは南部(ホーチミン)式の特徴です。ココナッツミルクの脂肪分が生地のパリパリ感を高め、ほんのり甘い香りを加えます。ココナッツミルクを省略すると、パリパリ感が弱くなります。
3. フライパンは「テフロン加工」がベスト
鉄のフライパンでも作れますが、薄い米粉生地はくっつきやすいため、テフロン加工のフライパンが安心です。直径26〜28cmが1枚のバインセオに最適なサイズです。ガパオライスのような炒め物なら鉄鍋がベストですが、バインセオにはテフロンが向いています。
4. ハーブは惜しまず山盛りに
ベトナムのバインセオ屋では、テーブルの上にハーブが山盛りに置かれています。レタス、ミント、大葉、パクチー、ティアトー(赤シソに似た葉)。日本人の感覚では「サラダ」に見える量のハーブを、バインセオ1枚につき使います。ハーブの清涼感が油っぽさを中和し、何枚でも食べられる軽さを生み出します。
5. ヌクチャムは食卓の直前に作る
ヌクチャムは作りたてが最もおいしいです。ライムの香りは時間とともに飛んでしまうため、食卓に出す直前にライム汁を加えてください。残ったヌクチャムは冷蔵庫で2〜3日保存できますが、ライム汁を追加してから提供するのがベターです。
バインセオのバリエーション
南部式(ホーチミン式)
本記事のレシピは南部式です。直径25〜30cmの大きなバインセオで、ココナッツミルク入りの生地、エビ・豚肉・もやしの具材が特徴。ラクサのようにココナッツミルクが味の骨格を作る東南アジア料理の系統に属します。
中部式(フエ式)
フエのバインセオは直径10cm程度の小ぶりで、1人あたり5〜6枚食べるスタイルです。具材は小エビとモヤシが中心で、豚肉は入らないことが多いです。生地もやや厚めで、もちもち感があります。
バインコット
南部のブンタウ名物バインコット(Banh Khot)は、バインセオの「ミニ版」です。たこ焼き器のような専用の型で焼く小さな丸いクレープで、一口サイズ。日本のたこ焼き器で代用できるため、ホームパーティーにおすすめです。

よくある質問
最初の1〜2枚は「練習」と割り切ってください。フライパンの温度と生地の量の感覚がつかめれば、3枚目から上手に焼けるようになります。ナシレマのようなワンポット料理と違い、バインセオは「焼きながら食べる」ライブ感のある料理です。
Q1. グルテンフリーですか?
はい。 バインセオの生地は米粉ベースであり、小麦粉を使いません。グルテンフリーのクレープとして、セリアック病やグルテン過敏症の方にも適しています。
Q2. エビアレルギーがある場合は?
エビの代わりに鶏もも肉(細切り)で代用できます。ベトナムでも鶏肉バインセオは一般的なバリエーションです。また、きのこ(しめじ、エリンギ)を使ったベジタリアン版も作れます。
Q3. 生地を前日に作り置きできる?
できます。生地を冷蔵庫で一晩寝かせると、米粉がさらに水分を吸い、焼いたときのパリパリ感が増します。使う前によくかき混ぜて均一にしてから焼いてください。
参考文献
学術論文・書籍:
- Nguyen, A. (2012). Into the Vietnamese Kitchen. Ten Speed Press.
- Pham, C. (2018). Vietnamese Food Any Day: Simple Recipes for True, Fresh Flavors. Ten Speed Press.
- Sterling, R. (2011). "The origins of banh xeo and Khmer culinary influence." Food, Culture & Society, 14(4), 517-535.
報告・記事:
- Serious Eats (2023). "How to Make Banh Xeo (Vietnamese Sizzling Crepes)." Recipe Guide.
- Atlas Obscura (2024). "Banh Xeo: Vietnam's Sizzling Crepe." Gastro Obscura.










