オーブンの扉を開けると、甘いココナッツの湯気がふわっと顔にかかります。四角い型いっぱいに膨らんだ丸いパンが12個、肩を寄せ合うように並び、そのすき間には焼けてとろりと固まったココナッツのソースがたまっています。スプーンでソースをすくってパンにかけ、温かいうちにちぎって口へ。サモアの家庭やおばさんたちの台所から届く甘いパン、パニポポ(Panipopo)です。
「パン」と「ココナッツ」をそのまま名前にした、大家族のおやつ

サモア語で「パニ」はパン、「ポポ」はココナッツのこと。名前はそのまま「ココナッツのパン」です。甘いイースト生地を丸めて型に並べ、ココナッツミルクに砂糖を溶かしたソースをかけて焼く。それだけの料理ですが、ソースはパンの底にしみ込み、上ではうっすら膜のように焼き固まって、ふんわりした生地と、もっちりしたココナッツの層がひとつになります。
サモア出身で、イギリスで料理人として活躍するモニカ・ガレッティは、パニポポを「サモアの甘いパンでいちばん好きなもの」と語っています。伝統的には大きな天板で焼くもので、大家族にちょうどいいとも。故郷にいたころは、おばさんたちが焼いてくれるパンがいつも身近にあったため、自分で作り始めたのはイギリスに移ってからだったそうです。毎日のように誰かが焼いてくれる。パニポポは、そんな家族と親戚の距離の近さが見える食べ物です。
パニポポの形は一つではありません。普通の丸パンにする家もあれば、シナモンロールのように渦巻きに巻く家もあります。ソースも、パンの上からかけて焼くやり方と、ソースを先に型に流してその上にパンを並べ、焼き上がりをひっくり返して出すやり方があります。
ココナッツはサモアの台所の土台です。タロイモの葉でココナッツミルクを包んで焼くパルサミのような料理にも、甘いおやつにも、同じココナッツの濃い乳が使われます。パニポポは、島の伝統的な食材と、外から入ってきた小麦のパンが出会ってできた、ポリネシアらしいおやつといえます。朝ごはんにもよく合い、サモアのココア「ココ・サモア」と一緒に楽しむ食べ方も紹介されています。
日本の台所で作るときに知っておきたいこと

材料はほとんどスーパーでそろいます。いちばん味に効くのはココナッツミルクの濃さです。缶入りのものは、開けると上に白く固まった脂肪分が浮いていることが多いので、ボウルに出してよく混ぜてから量ります。濃厚に仕上げたいなら、ココナッツミルクの一部をココナッツクリームに替えると、焼き上がりのソースがよりもったりします。
生地のレシピは、アメリカの製粉会社キング・アーサー・ベーキングが試作したものを基にしています。原文の中力粉(all-purpose flour)は、日本の強力粉で置き換えるとよく膨らみ、ふんわりと軽く焼けます。生地に入れる粉乳はスキムミルクで代用できます。ドライイーストは、予備発酵のいらないインスタントタイプが手軽です。
パンを並べる型は、23×33cmほどの金属製が向いています。ソースが流れ出ないよう、深さが5cm前後あるものを選んでください。ガラスや陶器の型を使う場合は、熱が伝わるのに時間がかかるので、焼き時間を数分長めに見て、焼き色で判断します。
パン作りが初めてでも、手ごねで十分作れます。ただし手ごねは機械より時間がかかり、発酵も少し長めになります。時間ではなく、生地のなめらかさや膨らみ具合を見て進めるのが失敗しないコツです。
途中で見つける、味の決め手
ソースの入れ方で変わる、2つの焼き上がり

この記事のレシピは、膨らんだ生地の上からソースをかけて焼く方法です。表面にココナッツの膜ができ、上も下もソースに包まれたしっとりした仕上がりになります。一方、モニカ・ガレッティのレシピは、ソースの半分を先に型に流して煎ったココナッツを散らし、その上に生地を並べて焼きます。表面にはバターを塗ってきび砂糖をふり、パンらしいこんがりした焼き色をつけます。そして焼き上がってから残りのソースを注ぎ、30分置いてなじませます。
前者は温かいうちに食べるとソースがとろりと流れ、後者は時間を置くことでパンの中までココナッツの甘さがしみ込みます。どちらも家庭ごとに受け継がれてきた作り方で、優劣はありません。ソースに塩をひとつまみ入れると甘さが引き締まる、という作り手のひと工夫もあります。
モニカ・ガレッティは、自分のレストランではラム酒でフランベしたパニポポを出しているそうです。素朴な家庭のパンが、料理人の手で一皿のデザートにもなります。
食べ方と、ポリネシアの食卓

焼きたてを型ごと食卓に出し、めいめいが手で取り分けるのが似合います。朝ごはんにもおやつにもなり、甘い紅茶や、サモアのカカオで作るココア「ココ・サモア」とよく合います。日本で作るなら、純ココアを牛乳で溶いた温かいココアを添えると、ココナッツの甘い香りとカカオのほろ苦さの組み合わせが楽しめます。
ポリネシアの料理をもう一品作るなら、コンビーフをタロイモの葉で包んで焼くトンガのルプルや、白身魚をライムとココナッツミルクでしめるフィジーのココダもおすすめです。どれもココナッツの濃い乳が味の中心にあり、島ごとの使い方の違いが見えてきます。
アレンジの楽しみ方

シナモンロールのような渦巻き形にするなら、一次発酵後の生地を30×40cmほどの長方形にのばし、手前から巻いて12等分に切り分けます。断面を上にして型に並べれば、あとは同じ手順で焼けます。巻くときに煎ったココナッツファインを散らすと、香ばしさが加わります。
前の晩に生地を丸めて型に並べ、ラップをかけて冷蔵庫でゆっくり二次発酵させておけば、朝は室温に戻してソースをかけて焼くだけです。休日の朝ごはんに焼きたてを出したいときに向いています。冷蔵庫から出したら、生地がひと回り膨らむまで30分〜1時間ほど室温に置いてから焼いてください。
よくある質問

ココナッツミルクの代わりにココナッツクリームを使えますか?
使えます。ココナッツクリームは脂肪分が多いので、全量をクリームにするとかなり濃厚で重たくなります。まずは半量だけ替え、残りはココナッツミルクにして作ってみてください。
次の日も食べられますか?
焼いた当日のうちに食べきるのが理想です。残った場合は、粗熱を取ってからラップで包んで冷蔵庫に入れ、翌日までに食べてください。食べる前に電子レンジで軽く温めると、ソースがやわらかく戻ります。
生地が膨らまないときは?
ぬるま湯が熱すぎる(50°C以上)とイーストが弱り、冷たすぎると発酵が進みません。35〜40°Cを目安にしてください。部屋が寒いときは、オーブンの発酵機能を使うか、ボウルごとぬるま湯を張った大きな容器に入れて温めると膨らみやすくなります。
卵なしでも作れますか?
タラズ・マルチカルチュラル・テーブルのレシピのように、卵を使わない配合もあります。この記事の配合から卵を抜く場合は、水分が足りなくなるので、ぬるま湯を少しずつ足し、生地がやわらかくまとまるように調整してください。食感は少し軽く、あっさりした仕上がりになります。













