大鍋の中で、牛肉の塊がゆっくりと色を変えていきます。最初は赤みの残る茶色、30分たつとこげ茶、さらに1時間たつと、ほとんど黒に近い深い色。マスタードオイルのつんとした香りに、カルダモンとシナモン、揚げた玉ねぎの甘い匂いが重なり、台所じゅうに広がります。木べらで鍋底をこそげると、汁気をほとんど失った肉がつやつやと油をまとって転がります。バングラデシュ南東部の港町チッタゴンが誇る牛肉料理、カラ・ブナ(Kala bhuna)です。
「黒い炒め煮」と呼ばれる、チッタゴンの祝いの肉料理

ベンガル語では কালা ভুনা と書きます。「カラ(カロ)」は黒、「ブナ」は南アジアの調理法で、スパイスと具材を油でじっくり炒め、香りを引き出しながら汁気を飛ばしていく作り方のことです。たっぷりのスパイスと一緒に長い時間をかけて炒め煮るうちに、肉が黒っぽく色づいていく。その見た目が、そのまま料理の名前になりました。
生まれはバングラデシュ南東部のチッタゴン(現在の公式名はチョットグラム)です。地元の言葉では「ハラ・ブノ」と発音されます。今では首都ダッカやシレット、クルナなど国内のほかの都市でも人気の料理になりました。肉は羊肉を使うこともありますが、牛肉がいちばん好まれています。
チッタゴンには「メズバン(メズバニ)」と呼ばれる大規模な祝宴の伝統があり、カラ・ブナはその食卓でも好まれる料理です。ほかにも、イードの祝い、ベンガルのムスリムの結婚式、ラマダン中の夜明け前の食事セヘリや日没後のイフタールなど、人が集まる場面によく登場します。
ふつうのカレーとの違いは、汁気の少なさです。バングラデシュの英字紙デイリー・スターのレシピは、仕上がりを「肉が黒っぽくなり、グレービー(ソース)が半ばとろりとした状態」と書いています。煮込むというより、長い時間をかけて炒め続ける料理です。肉は形を保ちながら柔らかく、表面にはスパイスと揚げ玉ねぎが黒くからみつきます。白いご飯やピラフ、パラタ、ナン、ロティと一緒に、熱々を食べます。
日本の台所で作るときに知っておきたいこと

この料理の香りを決めるのは、マスタードオイルです。からし菜の種から搾った油で、加熱するとつんとした独特の香りが立ちます。日本ではインド・バングラデシュ食材店や通販で、食用のものが手に入ります。ラベルに食用と書かれたものを選んでください。手に入らない場合はサラダ油で作れますが、香りはおだやかになり、別の印象の料理になります。
ホールスパイスは、グリーンカルダモン、ブラックカルダモン、シナモンスティック、クローブ、八角、ローリエを使います。ブラックカルダモンは燻製のような香りがある大粒のカルダモンで、インド食材店で手に入ります。なければ省いても作れます。メースはナツメグの種の外側を覆う赤い皮を乾燥させたスパイスで、手に入らなければ同量のナツメグパウダーで代用できます。
牛肉は、骨付きのぶつ切りが現地らしいのですが、日本では牛すね肉や牛肩肉のかたまりが扱いやすく、長時間炒めても形が崩れにくいです。脂の少ないもも肉は、長く加熱するとぱさつきやすいので避けてください。
材料表は、デイリー・スターに掲載されたチッタゴン料理特集のレシピ(牛肉1kg)を半量にし、家庭の鍋で作りやすくしたものです。原文にある「celery(粉末)」は、ここではセロリシードパウダーとしています。なければ省いてかまいません。
途中で見つける、味の決め手
白いご飯とパラタで食べる

カラ・ブナは汁気が少ないので、白いご飯にのせると肉の油とスパイスがご飯にしみ込み、最後のひと口までスパイスの香りが続きます。デイリー・スターのレシピは、ご飯かパラタと合わせる食べ方をすすめています。パラタやナンなら、ちぎって肉と黒いソースを包むようにして食べます。
付け合わせには、生の玉ねぎの薄切りと青唐辛子、きゅうりを添えると、濃い味の合間に口がさっぱりします。ベンガル料理をもう一品作るなら、焼きなすを香味野菜で和えるベグン・ボルタや、同じマスタードオイルを使うヒルサのショルシェ・イリッシュがよく合います。肉料理を続けるなら、ラマダンの食卓でおなじみのハリームもバングラデシュらしい一品です。
バングラデシュでは、カラ・ブナ用の調合済みスパイスミックスも市販されています。家庭ではこうしたミックスを使って手軽に作ることも多く、ホールスパイスを一つずつそろえる作り方と並んで、家ごとに好みの味があります。
アレンジの楽しみ方

羊肉(マトン)で作ることもできます。骨付きの羊肩肉を同じ大きさに切り、同じ手順で炒め煮ます。羊肉は牛肉より早く柔らかくなることが多いので、最後の30分の工程で竹串を刺して様子を見ながら、時間を短めに調整してください。
辛さを抑えたいときは、青唐辛子とチリパウダーを半分にし、乾燥赤唐辛子は揚げずに省きます。辛さを抑えても黒い色と香りは出るので、子どもと一緒に食べるときにも作れます。逆に辛くしたい場合は、仕上げに刻んだ青唐辛子を散らします。
よくある質問

圧力鍋で時間を短くできますか?
肉を柔らかくするだけなら圧力鍋も使えますが、カラ・ブナの黒い色と香りは、ふたを開けたまま弱火で水分を飛ばしながら炒める時間から生まれます。圧力鍋で肉を柔らかくしてから、ふたを開けて弱火で炒め、色が黒っぽくなりソースがとろりとするまで仕上げてください。
作り置きできますか?
粗熱を取ってから保存容器に入れて冷蔵し、翌日までに食べきってください。温め直すときは、鍋に少量の水を足し、弱火で中まで熱くなるまで混ぜながら温めます。汁気が少ない料理なので、焦げつかないよう注意してください。
マスタードオイルのにおいが強すぎます。
マスタードオイルの一部、たとえば半量をサラダ油に替えると、香りがやわらぎます。最初はそこから試し、慣れてきたら全量をマスタードオイルにすると、現地らしい香りに近づきます。
黒くなりません。
火が弱すぎるか、炒める時間が足りないことが多いです。肉から出た水分が残っているうちは色が濃くなりにくいので、ふたをせずに水分を飛ばし、油の中で肉が焼ける音がするまで炒め続けてください。揚げ玉ねぎをしっかり濃い色まで揚げておくことも、色の深さにつながります。













