鍋のふたを開けた瞬間、竹林のかわりにレモングラスが立つ
鶏肉を煮るだけなら、台所の匂いはいつもの水炊きに近づきます。けれど、レモングラスを包丁の腹でつぶし、しょうがとガランガルを薄く切り、鍋底に敷いてから鶏肉をのせると、ふたを開けた瞬間の香りが変わります。澄んだ湯気の奥に、草のような青さと、土っぽい柑橘のような香りが立つ。アヤム・パンスーは、派手なソースではなく、鶏のだしに香りを閉じ込める料理です。
アヤム・パンスー(Ayam pansuh / Manok pansoh)は、マレーシア・サラワクで語られる竹筒鶏です。Ibanをはじめとするダヤク系の食文化と結びつけて紹介されることが多く、鶏肉をレモングラスやしょうが、現地の葉と一緒に竹筒へ入れ、火のそばで蒸し煮にします。Sarawak Tourism BoardやMalaysia.travelの紹介でも、竹の筒に材料を詰め、竹そのものの香りを料理へ移すことがこの料理の特徴として扱われています。
日本の家庭で難しいのは、竹筒そのものです。ホームセンターの装飾用竹や庭の竹を切って使うのは、衛生面でも調理器具としての安全面でもすすめません。そこでこの記事では、竹筒を「細長い香りの容器」と考え、厚手の鍋、レモングラス、少量のバナナリーフで置き換えます。完全な野外料理にはなりませんが、鶏肉から出た澄んだだしに、サラワク料理らしい青い香りを寄せることはできます。
ナシレマのようにココナッツで米を香らせる料理、ラクサのようにペーストを炒める麺料理と違い、アヤム・パンスーは油で押しません。鶏、香味野菜、葉、水、塩。この少ない要素で勝負するので、切り方、火加減、鶏肉の火通りが仕上がりを決めます。
マレー語では Ayam pansuh、Iban語の文脈では Manok pansoh と書かれることがあります。ayam は鶏、pansuh/pansoh は竹筒で調理する料理を指す説明で使われます。本記事では日本語で見つけやすい「アヤム・パンスー」を主表記にし、本文で Manok pansoh も併記します。
買い出しで見る価値があるもの
鶏肉、しょうが、小松菜は近所のスーパーで買えます。商品カードを見る価値があるのは、香りの芯になるレモングラス、しょうがでは代わりにくいガランガル、そして鶏肉の火通りを数字で確認できる中心温度計です。竹筒を買うより、まずこの三つをそろえる方が家庭では再現性が高くなります。
レモングラスはこの料理のいちばん分かりやすい香りです。冷凍でも根元の太い部分をつぶして使えば、煮汁に青い香りが移ります。
ガランガルは、しょうがだけでは出ない硬い柑橘のような香りを足します。余ったらアヤム・ベトゥトゥやトムカーガイにも回せます。
竹筒なしの家庭版では、鶏肉の厚いところまで火が入ったかを数字で見ると安心です。香りを保つために煮込みを強火にしない分、温度計があると仕上げの判断が早くなります。
栄養の目安
| 1人分の目安 | 数値 |
|---|---|
| エネルギー | 約430kcal |
| たんぱく質 | 約36g |
| 脂質 | 約27g |
| 炭水化物 | 約10g |
| 食物繊維 | 約3g |
| 食塩相当量 | 約3.2g |
鶏肉のだしをそのまま食べる料理なので、脂質は鶏皮の量で変わります。軽くしたい日は、煮込み後に表面の油を大さじ1ほどすくうと食べやすくなります。ごはんを合わせる前提なら、塩は最後に少しずつ足してください。
現地の食べ方と家庭での献立

サラワクの文脈では、アヤム・パンスーは祝い事や集まりの料理として紹介されることがあります。竹筒を火にかける光景は野外料理そのものですが、家庭で食べるなら、白ごはんにスープを少しかけ、鶏肉をほぐして食べるのが一番分かりやすいです。
マレーシア料理の中では、ロティ・チャナイのような油の香ばしさ、バクテーのような薬膳スープとは違い、アヤム・パンスーは香味野菜の清潔な香りが前に出ます。辛い副菜を足すなら、サンバルを小皿にほんの少し。鍋全体を辛くすると、鶏だしとレモングラスの輪郭が見えにくくなります。
献立にするなら、白ごはん、きゅうりやトマトの軽いサラダ、揚げ物ではない青菜炒めくらいが合います。ココナッツで重くしたナシレマを合わせるより、普通のごはんの方がこの澄んだスープには向いています。
失敗しやすいところと直し方
| 困った状態 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| スープが薄い | 水が多い、骨なし肉だけで作った | ふたを外し弱火で8分煮詰め、塩小さじ1/4を少しずつ足す |
| 鶏肉が硬い | 強火で沸かした、煮すぎた | 次回はふつふつ程度を保つ。今回はスープに浸して10分休ませる |
| 香りが弱い | レモングラスをつぶしていない | 食べる前に熱いスープへつぶしたレモングラス1本を入れ、5分蒸らす |
| 青菜がくたくた | 早く入れすぎた | 青菜は最後2分だけ。次回は盛り付け直前に入れる |
| 生臭さが残る | 鶏肉の水分が多い、下味不足 | 下味前に水気を拭き、しょうがと塩を表面に均一に絡める |
| 竹っぽさが出ない | 鍋調理では竹香が弱い | 無理に竹を使わず、バナナリーフとレモングラスで香りの方向を作る |
食品用として安全に扱える新鮮な竹筒が手に入り、野外で火を扱える環境がある場合だけ挑戦してください。竹の内側を洗い、割れやカビがないものを使い、鶏肉が中心まで74度Cに届くまで加熱します。観賞用、薬剤処理の可能性がある竹、拾った竹は調理に使いません。
保存と温め直し
冷蔵保存は2日が目安です。粗熱が取れたら鶏肉とスープを一緒に清潔な容器へ移し、できるだけ早く冷蔵庫に入れます。青菜は時間が経つと色が悪くなるので、作り置き前提なら工程6で青菜を半量だけ入れ、翌日に残りを追加すると食感が保ちやすいです。
温め直しは小鍋で弱火5〜7分。スープが少ない時は水大さじ2を足し、沸騰させずに温めます。電子レンジなら600Wで1分30秒温め、一度混ぜてからさらに1分ずつ追加します。冷凍はできますが、青菜の食感とレモングラスの香りが弱くなるため、鶏肉とスープだけを2週間以内で使い切る方がよいです。
翌日に食べる時は、ライムではなく黒こしょうを少し足すと香りが戻ります。酸味を入れすぎると、せっかくの澄んだ鶏だしが別方向へ行くので、食卓で数滴だけにします。
よくある質問
竹筒なしでもアヤム・パンスーと言えますか?
本来の姿は竹筒調理です。この記事の作り方は、家庭で安全に作るための鍋版です。料理名の背景として竹筒を説明しつつ、実作業ではレモングラス、ガランガル、バナナリーフで香りを寄せています。野外の煙や竹の香りは弱くなりますが、鶏だしに青い香りを閉じ込める考え方は残せます。
レモングラスがない時は作れませんか?
作れますが、料理の輪郭は大きく変わります。しょうがとライム皮で代用すると、さっぱりした鶏スープにはなりますが、アヤム・パンスーらしい青い香りは出ません。初回は冷凍でもよいので、レモングラスを入れることをおすすめします。
ナンプラーは必須ですか?
必須ではありません。塩だけでも作れます。ナンプラー小さじ2は、家庭の鶏肉で作る時に旨みを少し補うための調整です。魚の香りが苦手な場合は省き、塩を小さじ1/4だけ増やしてください。
骨なし鶏もも肉でも作れますか?
作れます。650gを大きめに切り、煮込みは工程4を18分、工程5で火通り確認にします。骨付きよりスープのだしが軽くなるので、鶏ガラスープを使うより、手羽中を2〜3本だけ混ぜる方が自然です。
辛くしたい時はどうしますか?
唐辛子を鍋に増やすより、刻んだ唐辛子、ライム、塩を小皿で添える方が食べやすいです。鍋全体を辛くすると、レモングラスとガランガルの香りが見えにくくなります。辛味は食卓で足す、と考える方がこの料理には合います。
参考文献・参照した情報
- Sarawak Tourism Board, "Ayam Pansuh", 参照日: 2026-05-20, https://sarawaktourism.com/story/ayam-pansuh/
- Malaysia.travel, "Ayam Pansuh", 参照日: 2026-05-20, https://malaysia.travel/explore/ayam-pansuh
- Wikipedia contributors, "Ayam pansuh", 参照日: 2026-05-20, https://en.wikipedia.org/wiki/Ayam_pansuh
- USDA Food Safety and Inspection Service, "Safe Minimum Internal Temperature Chart", 参照日: 2026-05-20, https://www.fsis.usda.gov/food-safety/safe-food-handling-and-preparation/food-safety-basics/safe-temperature-chart













