朝いちばんにパンを焼き終えた大きな石窯は、そのあとも長いあいだ、家じゅうを暖め続けます。フィンランド東部のカレリア地方では、ひとつの大きな窯でパンを焼き、同じ窯で家を暖めるのが昔ながらの暮らしでした。火が落ちて熱だけが残った窯に、肉と玉ねぎ、粒のスパイス、水を入れた土鍋を押し込んでおく。夕方に取り出すと、肉はスプーンで崩れるほどやわらかく煮えています。これがカルヤランパイスティ(karjalanpaisti)、窯の余熱で煮る肉の煮込みです。
味つけは塩とオールスパイス、ローリエくらいで、驚くほど簡素です。それでも何時間も煮た肉と玉ねぎから、深い味わいのスープが出てきます。日本の台所では、オーブンに入れられる蓋付きの厚手鍋があれば、パン窯の代わりが務まります。120℃で3時間、オーブンに任せておく料理です。
パン窯の余熱で煮た、カレリアのごちそう

カレリアはフィンランドのいちばん東にある地方で、ロシアとの国境に接しています。フィンランドの外務省が運営する紹介サイト「thisisFINLAND」は、カルヤランパイスティを、ライ麦の生地で米粥を包んだカルヤランピーラッカと並ぶ、もっとも広く知られたカレリアの料理として紹介しています。カレリア語ではペッチリハ(päččiliha)と呼ばれ、フィンランド語圏のカレリアでは単に「パイスティ(煮込み)」や「ウーニパイスティ(オーブン煮込み)」と呼ぶことも多いそうです。
煮込むための鍋にも呼び名があります。ウーニルウック(uuniruukku)、またはパタ(pata)。どちらも窯に入れる深い鍋のことです。肉が貴重だった時代には、この煮込みは祝いの日のための料理でした。収穫の季節のごちそうとしても語られます。20世紀に入って肉が手に入りやすくなると、フィンランド全土で日常的に食べられるようになりました。
2007年、フィンランドのタブロイド紙イルタレヒティ(Iltalehti)の読者投票で、カルヤランパイスティはフィンランドの「国民食」に選ばれました。2016年秋に農林省なども関わって行われた投票では、ライ麦パンに次ぐ2位でした。
肉は1種類ではなく、豚肉と牛肉を合わせるのが基本です。ヘラジカ(エルク)や羊肉を入れることもあります。2種類以上の肉を一緒に煮ると、豚の脂のコクと牛のしっかりした繊維が、同じ鍋の中で違う食感になって残ります。にんじんや玉ねぎなどの根菜を加えるのも自由で、家ごとに中身が少しずつ違います。
フィンランドの家政団体マルタット(Martat)の家政の専門家は、フィンランド公共放送Yleの記事で、カルヤランパイスティを「長くオーブンに入れておける、すばらしい煮込み料理」と話しています。肉の部位は好きなものでよく、ジビエでも作れること、丸のままの玉ねぎと粒こしょう、塩、好みでローリエを入れ、材料がかぶるくらいの水を注ぐこと。最初に225℃で表面を焼き、150℃に下げて合わせて3時間煮るという、ごく素朴な作り方です。最初のうちは水分が足りているか見ておくように、とも添えられています。
途中で見つける、味の決め手
マッシュポテトと、酸っぱい漬物を添えて

カルヤランパイスティの相棒は、なめらかなマッシュポテトです。thisisFINLANDのレシピでも、ポテトピュレと乳酸発酵の漬物を添えて出すように書かれています。煮汁にはとろみをつけないので、皿の上でマッシュポテトがスープを受け止め、ソースの代わりになります。そこへ酸味のある漬物をかじると、脂のコクがすっと切れる。何時間も煮た肉の重さを、酸味が軽くしてくれる組み合わせです。
日本の台所で作るなら、市販のきゅうりのピクルスで十分です。乳酸発酵させたきゅうりやキャベツの漬物が手に入れば、より現地の取り合わせに近づきます。ぬか漬けのきゅうりを添えても、酸味と塩気の役目は果たしてくれます。
この煮込みは、フィンランドではもっと素朴な形でも作られます。マルタットが紹介するように、肉と丸のままの玉ねぎ、粒こしょう、塩、水だけをオーブンに入れて3時間。玉ねぎを長く炒めるこのレシピに比べると、味はあっさりしますが、手間はぐっと減ります。時間のない日には、そちらの作り方も試してみてください。同じフィンランドの汁物なら、鮭とじゃがいもをミルクで煮るロヒケイットも、北の台所らしいやさしい味です。
地域や家庭による違い

カルヤランパイスティには、決まった配合がありません。肉の種類は豚と牛を基本に、羊肉やヘラジカを加える家もあります。スパイスはオールスパイスだけの家、粒の黒こしょうを使う家、ローリエを足す家とさまざまで、どれもカレリアの味として受け入れられています。
thisisFINLANDのレシピは、玉ねぎを40分炒め、肉に焼き色をつけ、最後にローズマリーを加えるなど、伝統的な作り方よりも手をかけた配合です。一方で、マルタットの作り方のように、丸のままの玉ねぎを生で入れ、オーブンの高温で表面を焼いてから温度を下げるだけという素朴な作り方もあります。どちらが正しいということはなく、窯の余熱をどう使うかという暮らしの工夫から、それぞれの家の味が生まれてきました。
カルヤランパイスティの主役ともいえるオールスパイスは、カリブ海や中米を原産とするフトモモ科の木の実を乾かしたスパイスです。遠い南の木の実が、北のカレリアの煮込みの香りを決めているというのも、交易の歴史を感じさせます。
よくある質問

豚肉だけ、または牛肉だけで作れますか?
作れますが、2種類以上の肉を合わせるのがこの料理の基本です。豚肉だけなら脂が多くやわらかめに、牛肉だけならあっさりとした仕上がりになります。どの場合も、豚肉は中心部が75℃で1分以上加熱されていることを確かめてください。
オールスパイスがないときは何で代用できますか?
粒の黒こしょう10粒で代用できます。フィンランドでも黒こしょうを使う家があります。香りは変わりますが、肉と玉ねぎの味がしっかり出るので、十分おいしく作れます。
煮込み時間を短くできますか?
圧力鍋を使えば短くできますが、オーブンで静かに煮るときのような、肉の繊維がほどける食感とは少し違います。圧力鍋で作る場合は、取扱説明書に従って加圧時間を決め、仕上げに豚肉の中心温度を確かめてください。
作り置きはできますか?
一晩おくと味がなじむので、前日に作っておくのに向いています。粗熱を取ってから冷蔵庫で保存し、早めに食べきってください。温め直すときは、中心まで十分に熱くなるまで加熱します。
アレルギーで気をつける材料はありますか?
煮込み自体には主なアレルギー物質は入りませんが、付け合わせのマッシュポテトにはバターと牛乳(乳)を使います。乳を避ける場合は、じゃがいものゆで汁とオリーブオイルでのばしてください。













