世界が認めた至高の煮込み — CNNが選んだ「最もおいしい料理」
2011年、アメリカのCNN Travelが世界の読者投票で「世界で最もおいしい料理」を発表しました。50か国以上の料理がノミネートされた中で、堂々の1位に輝いたのが**レンダン(Rendang)**です。2017年の再投票でも再び1位を獲得。フランス料理でもイタリア料理でもなく、西スマトラの小さな民族が何百年も守り続けてきた煮込み料理が、世界最高の味として認められました。
レンダンとは何か。一言でいえば「ココナッツミルクとスパイスで牛肉を3〜4時間かけて極限まで煮詰めた料理」です。普通の煮込み料理と違い、水分を完全に飛ばすことが最大の特徴。ココナッツミルクが蒸発し、ココナッツオイルが分離し、そのオイルで肉をじっくり揚げ焼きにする。煮込みでありながら最終的には「乾いた」仕上がりになるのです。
インドネシア・西スマトラ州のミナンカバウ族に伝わる伝統的な牛肉煮込み料理。ココナッツミルク、ガランガル、レモングラス、唐辛子、ターメリックなど十数種のスパイスで牛肉を3〜4時間かけて煮詰める。水分が完全に蒸発し、ドライな仕上がりになるのが特徴。保存性が高く、冷蔵庫がない時代から常温で1週間以上保つ。

材料(6人分)
牛肉
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| 牛肉(すね肉またはバラ肉) | 1kg | 赤身すぎると硬くなる。脂身のある部位が最適 |
| ココナッツミルク | 800 ml(缶2 個) | フルファット使用。ライトココナッツミルクは不可 |
| ココナッツクリーム | 200 ml | ココナッツミルク缶の上澄みでも可 |
スパイスペースト(ブンブ)
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| 赤唐辛子(生) | 10〜15 本 | 辛さ調整可。韓国唐辛子で代用するとマイルドに |
| エシャロット(小玉ねぎ) | 10 個 | 普通の玉ねぎ2 個で代用可 |
| にんにく | 6 片 | — |
| ガランガル(生) | 5cm | 生姜では代用不可。冷凍ガランガルを推奨 |
| レモングラス | 3 本 | 根元の白い部分を叩いて潰す |
| ターメリック(生) | 3cm | なければパウダー小さじ2 |
| 生姜 | 3cm | ガランガルとは別に使う |
| キャンドルナッツ | 5 個 | マカダミアナッツで代用可 |
香り付け
| 材料 | 分量 | 代替・備考 |
|---|---|---|
| こぶみかんの葉 | 5 枚 | 冷凍品がアジア食材店で入手可能 |
| ターメリックリーフ | 1 枚 | なければ省略可 |
| 塩 | 小さじ2 | — |
| ブラウンシュガー(椰子砂糖) | 大さじ1 | 黒砂糖で代用可 |
| タマリンドペースト | 小さじ2 | 酸味付け。なければ梅干し1 個 |
この料理にはココナッツミルク(ナッツ類)とキャンドルナッツが含まれています。ナッツアレルギーのある方はご注意ください。小麦・卵・乳は不使用です。

この料理に使う食材・道具


調理手順
赤唐辛子のヘタを取り、種はそのまま残す(辛さを抑えたい場合は半分除去)
エシャロット(または玉ねぎ)を粗く刻む
にんにく、ガランガル、生姜、ターメリック、キャンドルナッツを全てフードプロセッサーに入れる
水大さじ2〜3を加え、なめらかなペースト状になるまで1〜2分回す

牛肉を3〜4cm角に切り分ける。小さすぎると煮崩れし、大きすぎると火が通りにくい
筋膜は取り除かなくてよい。長時間煮込むことでゼラチン化し、むしろとろみとコクが増す

大きな鍋(厚手の鍋が最適)にサラダ油大さじ2を熱する
スパイスペーストを全量投入し、中火で5〜8分炒める。水分が飛んで色が濃くなり、油が分離してくるまで
レモングラス3本を根元から叩いて潰し、鍋に加える
こぶみかんの葉5枚を手で軽くちぎって加える(葉脈を切ると香りが出やすい)

切り分けた牛肉を鍋に加え、スパイスペーストと全体を絡める
ココナッツミルク800mlを一気に注ぐ
塩小さじ2、ブラウンシュガー大さじ1、タマリンドペースト小さじ2を加える
強火にして一度沸騰させる

沸騰したら弱火〜中弱火に落とし、蓋をせずに煮込む。蓋をすると水分が逃げず、ドライな仕上がりにならない
30分ごとに底からかき混ぜる。焦げ付きを防ぐため
1時間後: ココナッツミルクが半分に減り、肉に色が付き始める。この段階を「カリオ(Kalio)」と呼ぶ
2時間後: 液体がさらに減り、油が分離し始める。色が茶色に変わる
3時間後: ほぼ全ての水分が蒸発し、油で肉が揚げ焼き状態になる。色は暗褐色〜黒に近づく
仕上げにココナッツクリーム200mlを加え、さらに15〜20分煮る。最後のコクを加える

肉の表面が油でコーティングされ、暗褐色〜黒褐色になったら完成
レモングラスとこぶみかんの葉を取り除く(飾り用に数枚残してもよい)
味を見て塩で調整する

レンダンの科学 — なぜ水分を飛ばすと旨いのか
ココナッツミルクの二段変化
ココナッツミルクは水分と脂肪が乳化した状態です。長時間加熱すると、まず水分が蒸発します。残った脂肪(ココナッツオイル)が肉を覆い、高温で肉の表面にメイラード反応を起こします。この「煮込み→揚げ焼き」の二段変化が、レンダンの複雑な味わいの秘密です。
スパイスの脂溶性成分
ガランガル、レモングラス、ターメリックなどの香り成分の多くは脂溶性です。ココナッツオイルがこれらの成分を溶かし込み、肉に浸透させます。水で煮るだけのカレーでは得られない深い風味が生まれる理由です。
保存性の高さ
水分活性が低いレンダンは、冷蔵庫がない熱帯の環境でも常温で1週間以上保存できます。ミナンカバウ族が長距離の旅に携帯した保存食としての歴史は、この科学的特性に裏打ちされています。

歴史 — ミナンカバウ族が守る母系社会の味
西スマトラの母系社会
レンダンの起源は、インドネシア・西スマトラ州のミナンカバウ族にあります。世界最大の母系社会として知られるミナンカバウ族は、財産が母から娘に相続される独特の文化を持ちます。レンダンはこの社会の中で、結婚式・葬式・収穫祭・宗教行事など、あらゆる重要な儀式に不可欠な料理です。
ミナンカバウ族の男性は「ムランタウ(merantau)」と呼ばれる旅に出る伝統があります。故郷を離れて別の土地で商売や勉学に励む。レンダンはこの旅の携帯食として発展しました。水分を飛ばした保存食であるレンダンは、冷蔵技術がない時代に何日もの旅路を支える貴重な食料だったのです。
パダン料理(マサカン・パダン)
ミナンカバウ族の料理文化は「パダン料理」として、インドネシア全土に広がりました。パダン料理レストラン(ルマ・マカン・パダン)は、ジャカルタからバリ島まで至る所にあります。小皿に盛られた十数種の料理がテーブルに並べられ、食べた分だけ支払う独特のスタイルが特徴です。
パダン料理のサービス方法は世界でも類を見ません。客が席に着くと、注文を取る前に店員が頭上に十数皿の料理を載せたトレイを持ってきます。テーブルに全皿を並べ、客は好きなものを好きなだけ食べます。食べなかった皿はそのまま返却し、次の客に提供されます。このシステムは「ヒダン(hidang)」と呼ばれ、ミナンカバウ族のもてなし文化を体現しています。
CNN「世界一おいしい料理」の衝撃
2011年のCNN Travel読者投票で、レンダンは35,000票以上を獲得して堂々の1位。2位はナシゴレン(同じくインドネシア)、3位は寿司(日本)でした。2017年の再投票でもレンダンは1位を維持。この結果はインドネシア国内で大きな誇りとなり、政府は2022年にレンダンを「インドネシアの無形文化遺産」として正式に登録しました。
レンダンと宗教行事
ミナンカバウ族はイスラム教徒が多数を占めます。レンダンはイスラムの重要な祝日に欠かせない料理です。特にイドゥル・フィトリ(断食明けの祭り)とイドゥル・アドハ(犠牲祭)では、大量のレンダンが作られ、親族や隣人に配られます。結婚式では新郎側の家族がレンダンを準備し、新婦側に贈る伝統があります。この「レンダンを贈る」行為は、相手への敬意と歓迎を表す最高のもてなしです。

失敗しないための5つのコツ

1. 鍋は厚手のものを使う
薄い鍋では底が焦げ付きやすい。ル・クルーゼなどの鋳物鍋、またはステンレス多層鍋がベストです。中華鍋(ウォック)もミナンカバウ族の伝統的な調理器具に近く、使えます。
2. 火加減は「弱めの中火」を維持
強火で急いで煮詰めると、外側は焦げて内側はまだ固い状態になります。弱めの中火で、ゆっくり水分を飛ばしましょう。急がないことがレンダンの鉄則です。
3. かき混ぜは30分に1回
頻繁にかき混ぜすぎると肉が崩れます。30分に1回、底からすくうようにかき混ぜてください。特に後半(水分が減ってきた段階)は焦げ付きやすいので間隔を15分に短縮します。
4. ココナッツミルクは必ずフルファット
ライトココナッツミルクでは脂肪分が足りず、レンダン特有のドライな仕上がりになりません。缶を開けて上澄みの固い部分(ココナッツクリーム)が見えるものを選びましょう。
5. 翌日に食べるのが最善
レンダンは作りたてより翌日の方がスパイスが馴染んで格段においしくなります。前日に作って冷蔵庫で一晩寝かせ、翌日温め直して食べるのがインドネシアの家庭の常識です。
レンダンのバリエーション
レンダン・ダギン(牛肉のレンダン)
本記事で紹介した最もスタンダードなバリエーション。ミナンカバウ族の伝統ではスイギュウ(水牛)の肉を使いますが、現代では牛肉が一般的です。
レンダン・アヤム(鶏肉のレンダン)
鶏肉で作るマイルドなバージョン。煮込み時間は牛肉の半分(1.5〜2時間)で済みます。鶏もも肉の骨付きが最適。初めてレンダンに挑戦する方におすすめです。
レンダン・テルール(卵のレンダン)
ゆで卵をレンダンのスパイスペーストとココナッツミルクで煮込むベジタリアン向け。卵の中心までスパイスが浸透し、カットすると美しい断面が現れます。
レンダン・ジュンクール(タケノコのレンダン)
タケノコをレンダンの手法で煮込むベジタリアンバージョン。西スマトラの山間部で人気。タケノコの食感がスパイスペーストと好相性です。
レンダン・パル(ジャックフルーツのレンダン)
若いジャックフルーツ(ナンカ)をレンダンの手法で煮込む。肉のような食感のジャックフルーツは、スパイスペーストとの相性が抜群です。ヴィーガン対応の本格レンダンとして近年注目されています。
レンダン・イカン(魚のレンダン)
マグロやカツオなどの赤身魚で作るバリエーション。海沿いの地域で人気です。煮込み時間は1〜1.5時間と短め。魚は崩れやすいためかき混ぜる回数を減らし、鍋をゆすって全体を動かすのがコツです。
レンダンの日本風アレンジ
日本の食材でレンダン風の煮込みを作ることもできます。豚バラ肉をレンダンのスパイスペーストで煮込む「和風レンダン」は、豚の脂身とココナッツミルクの相性が抜群です。インドネシアではイスラムの食事規定(ハラール)の関係で豚肉は使いませんが、日本のキッチンでは自由にアレンジしてください。
もう一つのアレンジは、カレールーを少量加えて日本人好みのまろやかさを出す方法です。市販のカレールー1〜2かけらを煮込みの最後に加えると、コクが増してごはんとの相性がさらに良くなります。

日本でインドネシア食材を手に入れる方法

ガランガル、レモングラス、こぶみかんの葉は日本のスーパーでは入手困難です。以下の方法で揃えてください。
- アジア食材店: 新大久保(東京)、生野区(大阪)、中村区(名古屋)の東南アジア食材店で冷凍ガランガル、冷凍レモングラス、冷凍こぶみかんの葉が手に入ります
- Amazon・楽天: 「ガランガル 冷凍」「レモングラス 冷凍」で検索。業務用サイズも多い
- カルディ: レモングラスのドライハーブ、ココナッツミルク缶は常備品
ココナッツミルクは必ず**フルファット(高脂肪)**タイプを使ってください。ライトタイプではレンダンの濃厚さが出ません。チャオコーやアロイディーなどのタイ産ブランドが品質安定しています。
同じ東南アジアの食材を使う料理としては、ラクサやナシレマもレモングラスやこぶみかんの葉を活用します。まとめて食材を購入するのが経済的です。
よくある質問

Q1. レンダンとカレーの違いは何ですか?
最大の違いは「水分」です。カレーはスープ状の液体に具材が浸かっていますが、レンダンは水分を完全に飛ばします。調理法も異なり、レンダンは煮込み→揚げ焼きという二段変化を経ます。味わいはカレーよりも濃厚で、保存性も圧倒的に高い。
Q2. 圧力鍋で時短できますか?
圧力鍋で肉を柔らかくすることは可能ですが、レンダンの本質である「水分を飛ばす」工程は省略できません。圧力鍋で1時間煮た後、蓋を開けて通常の鍋と同様に水分を飛ばす方法が現実的です。合計時間は2〜2.5時間に短縮できます。
Q3. 一晩寝かせた方がおいしいですか?
はい。レンダンは作りたてよりも翌日の方がスパイスが肉に馴染み、味が深まります。冷蔵庫で3〜5日保存可能で、温め直すたびに味が濃厚になります。冷凍なら1か月保存可能です。
Q4. ガランガルなしで作れますか?
ガランガルはレンダンの風味の核です。完全に省略すると別の料理になります。どうしても手に入らない場合は、生姜+少量の黒胡椒+レモンの皮のすりおろしで雰囲気を近づけることはできますが、代替としては不十分です。冷凍ガランガルのオンライン購入を推奨します。
Q5. 牛肉の部位はどれがベストですか?
すね肉(シャンク)が最適です。コラーゲンが豊富で、長時間煮込むことでゼラチン化してとろける食感になります。次におすすめなのがバラ肉(ブリスケット)。脂身と赤身のバランスが良い。もも肉やヒレ肉などの赤身部位は、長時間煮込むとパサつくため不向きです。
Q6. レンダンの保存方法は?
冷蔵なら密閉容器で5日間保存可能です。冷凍なら1か月保存できます。小分けにしてラップで包み、ジッパー袋に入れて冷凍してください。温め直しは鍋で弱火がベスト。電子レンジでも可能ですが、端が硬くなりやすい。温め直すときに少量のココナッツミルクを加えると、しっとり感が復活します。
まとめ — 3時間の忍耐が生む世界最高の味

レンダンは「世界で最もおいしい料理」の称号にふさわしい料理です。その味わいの深さは、3〜4時間かけてじっくりとココナッツミルクを煮詰め、水分を完全に蒸発させる忍耐から生まれます。
日本の家庭で作る場合、最大の課題はガランガルとこぶみかんの葉の入手でしょう。しかしAmazonや楽天などオンラインショップを活用すれば問題ありません。冷凍品なら長期保存も可能です。あとは時間と忍耐だけ。弱火でゆっくり、水分が飛ぶまでかき混ぜ続ける。その先に、世界一の味が待っています。
東南アジア料理に興味がある方は、インドネシア料理入門やナシゴレンもあわせてどうぞ。同じココナッツミルクを活かした料理としてラクサやナシレマも好相性です。スパイス使いの妙を楽しむならビリヤニやタジンとの比較も面白い。東南アジアのスパイシーな料理としてソムタム、パッタイ、ガパオ、アドボもおすすめです。
参考文献
書籍
- Lipoeto, Nur Indrawaty et al. "Dietary intake and the risk of coronary heart disease among the coconut-consuming Minangkabau in West Sumatra." Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition, 2004.
- Owen, Sri. Indonesian Food and Cookery. Prospect Books, 2006.
Web資料
- World's 50 Best Foods — CNN Travel
- Rendang: The World's Most Delicious Food — SBS Food
- Minangkabau Cuisine and Culture — UNESCO Intangible Heritage



