6月の夜、ラトビアの空はなかなか暗くなりません。野原では焚き火が燃え、頭には草花で編んだ冠、手にはビールの杯。そして食卓の中央には、淡い黄色をした平たい円盤形のチーズが置かれています。夏至祭ヤーニ(Jāņi)のためのチーズ、ヤーニュ・シエルス(Jāņu siers)です。切り口にはキャラウェイの粒が点々と散り、ひと口かじると、さわやかな乳酸の酸味のあとにキャラウェイの香りが追いかけてきます。
作り方は意外なほど台所仕事に近く、熟成庫も特別な菌もいりません。温めた牛乳に凝乳(カード)を入れて乳清を分け、卵とバター、塩、キャラウェイを練り込み、布で包んで丸く固めるだけ。牛乳とカッテージチーズで作れるフレッシュチーズなので、日本の台所でも一晩あれば形になります。気をつけたいのは温度で、牛乳は85〜90℃で沸騰させない、ここさえ押さえれば失敗はぐっと減ります。
太陽をかたどった、夏至の夜のチーズ

ヤーニはラトビアでもっとも多くの習わしを抱える祭りで、夏至を祝うものです。家を花やハーブ、草で飾り、冠を編み、歌い、焚き火をともし、特別な料理を用意します。EUに提出されたこのチーズの仕様書には、12世紀にバルト海沿岸へやって来たドイツ十字軍が、ヤーニの夜の焚き火を囲む祝祭の大きさに驚いたという話まで記されています。その夜に欠かせないものとして名前が挙がるのが、ビールとヤーニュ・シエルスです。
丸い形には意味があります。夏至のころには丸い食べ物を食べる習慣があり、太陽の象徴とされてきました。ヤーニュ・シエルスの円い形と黄色い色も太陽に重ねられ、チーズを切り分けて皆で食べることは、ひとりひとりが太陽の力を分けてもらうことにたとえられています。ラトビアの公共放送LSMも、2015年にEUの保護を受けたときの記事でこの象徴を紹介しました。
ヤーニュ・シエルスの名前は、クリシュヤーニス・バロンスが1894〜1915年に編んだ民謡集『ラトヴュ・ダイナス(Latvju dainas)』にも出てきます。民謡の中では、チーズを布で包んで結ぶことが特別な儀式として歌われ、結び目を円の中心に置き、布のひだが太陽の光のような筋を表面に残すように整えたといいます。
材料の組み合わせも古くから変わっていません。仕様書は、牛乳と凝乳に、バターまたはクリーム、卵、塩、キャラウェイを加えるという構成が、1796年にイェルガヴァで出た料理書をはじめ、19〜20世紀の多くの本に記録されていると説明しています。19世紀半ばの料理書には、凝乳の酸っぱさに合わせて牛乳を多めに入れるとチーズが甘くなる、という助言も残っているそうです。酸味は凝乳、甘みは牛乳という感覚は、家庭で配合を調整するときの手がかりになります。
2015年11月、ヤーニュ・シエルスはEUの伝統的特産品保証(TSG)に登録されました。TSGは地名ではなく伝統的な作り方とレシピを守る制度で、ラトビアの農村観光協会が運営するチーズ紹介サイトによると、少なくとも30年以上受け継がれてきた食品であることが登録の条件です。いまでは夏至の時期だけでなく一年中つくられ、2003年のラトビア地方チーズの日には「ラトビアのチーズの王様」の称号も受けました。
途中で見つける、味の決め手
酸っぱい凝乳と甘い牛乳、その割合で味が変わる

ラトビアの家庭では、自家製の凝乳を使ってこのチーズを作ってきました。牛乳を自然に酸っぱくして固めた凝乳は、日によって酸味の強さが変わります。仕様書が引く19世紀の料理書が、凝乳の酸味に合わせて牛乳の量を変えるよう書いているのはそのためです。日本のカッテージチーズは酸味が穏やかなので、材料表の牛乳1.5Lで、ほどよく乳のやさしい甘みが残ります。
もっと酸味がほしいなら牛乳を1.2Lに減らし、まろやかにしたいなら2Lまで増やすのが目安です。牛乳を増やすと、出てくる乳清の量も、練る時間も少し増えます。脂肪分も仕上がりを左右します。仕様書の配合は脱脂乳と脱脂の凝乳で、完成品の乾物中の脂肪分は30%以下と決められています。成分無調整の牛乳で作ると、現地の製品より少しこってりした、やわらかい生地になります。
仕様書によれば、ヤーニュ・シエルスの色は淡い黄色から黄色まで幅があり、着色料としてβ-カロテンを加えることも認められています。家庭で作ると色は卵とバターの量で決まり、白っぽいクリーム色になることもよくあります。
切り分けて、ビールと一緒に

冷えて締まったチーズは、ケーキのように中心から放射状に切り分けます。ラトビアでは、明るいビールや黒ビールのつまみとして食べるのが定番です。ライ麦パンにのせれば軽い食事になり、はちみつを少したらすと、キャラウェイの香りと酸味がやわらいで、おやつのような味わいに変わります。キャラウェイの粒を噛んだときに香りが立つので、薄く削ぐより、ある程度の厚みで切るほうがおいしく感じられます。
夏至の夜は短く、焚き火のそばで夜明けを待つのがヤーニの過ごし方です。チーズはその長い夜に手でつまめる食べ物として、ビールとともに回されてきました。家で作るなら、6月でなくてもかまいません。ラトビアでも今では一年中売られているチーズです。バルト三国の家庭料理をもうひとつ作るなら、豚肉とザワークラウト、大麦を煮るエストニアのムルギカプサッドも、同じ北の台所の味として比べてみてください。
よくある質問

キャラウェイシードの代わりにクミンを使えますか?
使えないことはありませんが、別の料理になります。キャラウェイはさわやかで少し甘い香り、クミンはカレーを思わせる香りで、ヤーニュ・シエルスの特徴であるキャラウェイの香りは出ません。キャラウェイシードは輸入食材店やネット通販で手に入ります。
カッテージチーズの粒タイプと裏ごしタイプ、どちらがよいですか?
どちらでも作れます。裏ごしタイプは早く牛乳になじみ、仕上がりがなめらかになります。粒タイプを使うときは、手でよくほぐしてから牛乳に入れ、練る時間を長めにとってください。
生地がまとまらず、ぼそぼそのままです。
凝乳に乳清が残りすぎているか、温度が低すぎることが多い原因です。弱火のまま温度を65〜70℃に保ち、鍋肌に押しつけるように練り続けてください。乳清が鍋の中に出てくるようなら、もう一度さらしでこしてから鍋に戻します。
出てきた乳清はどうすればよいですか?
1.5Lの牛乳から、かなりの量の乳清が出ます。冷ましてから飲み物やスープ、パン生地の水分に使う方法がありますが、すぐに使わない場合は無理に残さなくてもかまいません。
どのくらい保存できますか?
ヤーニュ・シエルスは熟成させないフレッシュチーズで、卵も入っています。ラップで包んで冷蔵庫に入れ、早めに食べきってください。この記事では、確かな根拠を確認できていない保存日数は案内しません。












