オーブンから出てきたキッシュ・ロレーヌは、表面にこんがりと焼き色がついています。温かいうちに切り分けると、淡い色のやわらかな卵液のなかに、燻製豚肉の小さな角切りがぽつぽつと浮かび、それを薄いタルト生地が受け止めている断面が現れます。使うのはパートブリゼ、燻製ラルドン、卵、クレーム・フレッシュ、ナツメグ。燻製の塩気と、卵とクリームのやわらかさだけで成り立つ、潔い一皿です。
初めて作る前に、たいてい三つの疑問が浮かびます。チーズは入れるのか、普通のベーコンでもよいのか、生地は空焼きするのか。先に答えを言うと、この配合にチーズは入れません。燻製ベーコンを棒状に切れば、ラルドンのかなり近い代用になります。そして生地は空焼きせず、生のまま具と卵液を入れて焼きます。順に説明していきます。
キッシュ・ロレーヌとは? チーズを入れない基本のかたち
このタルトが守るもの:燻製豚肉の塩気とスモーク香、切れる程度にやわらかく固まった卵とクリーム、甘くないさくっとした生地。基本の配合には、これ以外は入りません。
「キッシュ」と呼ばれる塩味タルトには、野菜やチーズ、肉などさまざまな具のものがあります。キッシュ・ロレーヌはその中でもっと狭い、特定の料理です。この記事で作るのは、Éditions Larousse(ラルース)が掲載している配合で、パートブリゼ、燻製ラルドン、全卵と卵黄、クレーム・フレッシュ、塩・こしょう・ナツメグだけでできています。メスの観光局(Inspire Metz)が公開している地元のレシピも、パートブリゼ、赤身の燻製豚肉(lard fumé maigre)、卵、クレーム・フレッシュ、ナツメグという同じ骨格です。
ロレーヌには、さらに踏み込んだ団体もあります。SNDPAQL(本物のキッシュ・ロレーヌを守り広める全国組合)は、本物のキッシュ・ロレーヌを、卵、燻製豚肉、クリーム、バターだけで作るパートブリゼで作り、こしょうとナツメグで風味をつけたチーズを使わないものと定めています。ただしこれは、この料理を守ることを目的にした団体の立場であり、地域の家庭がみな従う決まりではありません。グリュイエールやエメンタールを加えるレシピも簡単に見つかります。この記事では、それらを「チーズ入りの派生」として別に扱い、基本のレシピには入れません。
同じ名前でも、公開されているレシピの細部は一致しません。メスの観光局のレシピは卵4個と「ボウル1杯」のクレーム・フレッシュを使い、豚肉をバターで炒めて、熱いオーブンで約25分焼くとしていますが、型の大きさもオーブンの温度も示していません。Larousseの配合は分量が具体的で、26 cm型を使い、オーブンの温度を二段階に変えます。この記事はLarousseの配合だけに従い、二つのレシピを混ぜることはしません。
ロレーヌの食卓と、名前の来歴
ロレーヌ地方にあるムルト=エ=モゼル県の観光局は、キッシュ・ロレーヌをこの地域の塩味の名物のひとつとして紹介しています。県のガストロノミーのページは、この料理を16世紀までさかのぼるものとし、名前をドイツ語のKuchen(ケーキ)と結びつけています。
SNDPAQLの主張はもっと具体的です。1586年、ロレーヌ公シャルル3世の食卓にまでさかのぼるとし、名前もロレーヌの方言のkichenとドイツ語のKuchenに関係づけています。ただ、これらの年代や語源は、観光案内のページと擁護団体の説明であり、辞書や学術資料で裏づけられたものではありません。そのため、16世紀にさかのぼると紹介されることがある、名前をこう説明する団体もある、という程度に受け止めておくのが公平です。
フランスの郷土料理をもっと作ってみたい方は、フランスのページにほかの料理が並んでいます。
この料理に使える食材・調味料
生地・クリーム・燻製豚肉の選び方と代用
分量は、26 cm型で4人分です。塩・こしょう・ナツメグは適量で、ベーコンの塩気を見ながら、控えめに調整してください。
卵白が2個分余ります。卵黄2個を全卵2個から取り分けてしまうと卵液が足りなくなるので、卵黄は別の卵2個から取ってください。
小麦(生地)、卵、乳(クレーム・フレッシュ。生地にバターが入っている場合はそれも)、豚肉を含みます。市販の生地やベーコンは製品によって原材料が違うので、表示を一つずつ確認してください。
生地。 焼いていない230 gのパートブリゼ1枚を使います。見つからない場合は、甘くない市販のタルト生地を探してください。パイ生地でも作れなくはありませんが、生地の食感が変わるので、別の仕上がりになります。
クレーム・フレッシュ。 その名前で売られている製品を選びます。ただし、どの製品でも同じように焼けるわけではありません。無糖の生クリームは多くの場所で手に入りやすく、よく使われる代用品です。ただ、酸味が弱く、濃度も違うので、同じ仕上がりになる置き換えではありません。基本のレシピには、酸味を補うためのレモン汁などは加えません。
燻製ラルドン。 ラルドンは燻製した豚バラ肉の短冊です。厚切りの燻製ベーコンを棒状に切ると近い代用になり、薄切りよりも歯ごたえが残ります。燻製の香り、塩気、出てくる脂の量は製品ごとに違います。
ベーコンは薄切りより厚切りを棒状に切るほうが、焼いたあとも歯ごたえが残ります。塩気は製品で幅があるので、卵液の塩は最初は控えめにして、次に作るときにベーコンに合わせて調整しましょう。
道具
- 26 cmのタルト型
- 生地に付属しているオーブン用ペーパー(付いている場合)
- ボウルと泡立て器
- フライパン
- ペーパータオルを敷いた皿
- ナツメグおろし器(または粉末のナツメグを少量)
- オーブン用のミトン
- 卵液の中心を測る料理用温度計
- オーブン用温度計(任意。設定温度と実際の庫内温度の差を知るため)
失敗しやすい点と直し方
| 起きること | 考えられる原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 生地が破れる、型から浮く | 生地が室温で柔らかくなりすぎた、または角に引っ張って敷いた | 型に敷く前に長く室温に置かない。破れは切り落とした余り生地で補い、空焼きの工程を足して直そうとはしない |
| 中心がまだ液状 | オーブンの温度が低い、型の大きさや分量を変えた | 26 cm型と記載の分量を守る。決められた時間を焼いたあとで中心を確かめ、固まって71°Cになるまで焼き足す |
| 底が湿る | ラルドンの脂を切っていない | 焼いたラルドンは必ずペーパータオルで脂を切ってから生地に入れる |
| 塩辛い | 塩気のあるベーコンに、卵液の塩が重なった | ベーコンの塩気は製品によって違う。卵液の塩は控えめにし、次回はベーコンに合わせて調整する |
見た目だけで焼き上がりを判断しないこと。中心の温度計の数字が、いちばん確かな確認です。
アレンジ
以下はどれも仕上がりが変わるもので、Larousseの配合には含まれません。まず基本の配合で作ってから、何を変えたかを確かめながら試してください。
- ひとり分の小さなタルトにする。 小さなタルト型で作れますが、型ごとの卵液の量と焼き時間は別に決める必要があります。ここでは検証していません。
- パートブリゼを手作りする。 生地を自分で作ることもできますが、この記事には出典のある生地の配合がありません。基本のレシピは、市販の230 gの生地1枚を使います。
- 燻製豚肉を変える。 別の燻製ベーコンやラルドンで、スモーク香と塩気の違いを比べられます。そのつど卵液の塩を調整してください。
- クレーム・フレッシュを生クリームに替える。 同じ量の無糖の生クリームを使います。酸味が弱く、食感の違う卵液になります。この組み合わせは未検証です。
- チーズを加える。 チーズ入りは現代的な派生で、SNDPAQLが守る基本形ではありません。上の材料表にチーズを足すのではなく、別のレシピとして作ってください。
保存と温め直し
以下は一般的な食品安全の指針であり、このキッシュで実際に測った数値ではありません。
FoodSafety.govによると、調理後は2時間以内に冷蔵庫に入れます。気温が32°Cを超える場合は1時間以内です。この2時間は冷蔵庫に入れるまでの時間です。冷蔵庫は4°C以下に保ち、残りは3〜4日以内に食べ、温め直すときは74°C以上にします。
日本の厚生労働省も、家庭での調理について似た目安を示しています。加熱は中心が75°Cで1分以上、残りものは浅い容器に小分けして早く冷まし、温め直すときは75°C以上にするとしています。
よくある質問
キッシュ・ロレーヌにチーズは必要ですか?
このレシピには入れません。Larousseの配合にチーズはなく、SNDPAQLも本物のキッシュ・ロレーヌはチーズなしだとしています。ただ、チーズ入りのレシピは広く見られるので、別の派生として楽しめます。
ラルドンの代わりにベーコンを使えますか?
使えます。厚切りの燻製ベーコンを棒状に切ると、近い代用になります。脂、燻製香、塩気は製品によって違うので、卵液の塩は控えめにしてください。
生地は空焼きしますか?
このレシピでは空焼きしません。生の生地に具と卵液を入れてすぐ、210°Cで5分、続けて180°Cで25分焼きます。空焼きを含む別のレシピは作り方が違うので、混ぜないでください。
冷めても食べられますか?
Larousseは熱いか温かい状態での提供を勧めています。残りは上の保存の節にある時間内に冷蔵庫へ入れ、4°C以下で保ち、温め直すときは74°C以上にしてください。
クレーム・フレッシュが見つからないときは?
無糖の生クリームがいちばん手に入りやすい代用品です。酸味が弱く濃度も違うので、卵液は同じ仕上がりにはなりません。















