幅の広い鍋に、深い赤色のトマトソース。丸ごとのグリーンオリーブとケッパー、黒っぽいレーズンがいくつか浮かび、酢漬け唐辛子の鋭い酸味が立ちのぼります。そこへ厚みのある魚の切り身を入れて、ソースの中で火を通す。それがベラクルスの魚料理です。
魚の旨みを移す、赤いソースの鍋
この鍋で守りたいのは三つです。生っぽさが抜けるまで煮た完熟トマト。オリーブとケッパーを加えてから味見し、必要な場合だけ塩を足すこと。酢漬け唐辛子は盛りつけに添えます。そして、あまり動かさずにソースの中で火を通し、身がほぐれるまで煮た厚い魚。
淡白な魚はソースから塩気と酸味をもらい、ソースは魚の風味をもらいます。盛りつけるときは、皮をむいた小さなじゃがいもと、酢漬けのグエロ唐辛子(güero)を1本、皿の脇に添えます。
メキシコ湾岸のベラクルス(Veracruz)の名を冠した、ウアチナンゴ・ア・ラ・ベラクルサーナ(Huachinango a la Veracruzana)です。この記事のレシピは、Larousse Cocina が『Los clásicos de la cocina mexicana』から紹介している6人分の版に沿っています。厚い切り身をソースの中で煮て火を通す作り方で、魚を別に焼いてからソースをかける方法もあります。そちらは後ろの「ソースで煮るか、別に火を通すか」で触れます。ここでは魚とソースを同じ鍋に入れます。
このレシピは世界ごはん紀行編集部では未試作です。分量と手順は、公開されている Larousse のレシピに従っています。「6人分」は出典の表記で、こちらで量って確かめた収量ではありません。家庭のコンロでの総所要時間も測っていないので、時計だけでなく各工程の見た目の目安も頼りにしてください。
ひとつの料理に二つの名前 — ウアチナンゴとペスカード・ア・ラ・ベラクルサーナ
Huachinango(ウアチナンゴ)は魚の名前です。Epicurious はこの料理名を「Veracruz-Style Red Snapper」、つまりベラクルス風のレッドスナッパーと訳しています。つまり「ウアチナンゴ・ア・ラ・ベラクルサーナ」という名前は、使う魚まで言い表しているわけです。一方の Pescado a la Veracruzana(ベラクルス風の魚)はもっと広い呼び名で、魚の種類を決めていません。二つは重なりますが同じではなく、この記事では、参考にしたレシピがウアチナンゴを指定しているので、より具体的な名前のほうを使います。
この料理は名前の上でベラクルスと結びついていて、料理人や料理書も、この地方の料理の一つとして紹介しています。ただ、港で生まれた経緯や、各材料がどう伝わってきたかについては、すっきりした由来話を支える資料がありません。この記事ではその話は書きません。
甘酸っぱいトマトに、オリーブとケッパーの塩気
ソースの土台は完熟トマトで、下ごしらえに手をかけます。トマトは湯むきをして種を除き、種や果肉から出る汁は、細かく刻んだ果肉とは別に取っておきます。果肉を玉ねぎ、にんにくと一緒に火にかけ、生っぽい味が抜けるまで煮てから、取っておいた汁を戻します。この順番が大事で、果肉をしっかり煮詰めてから、余分な水分を戻すわけです。
そこへ塩気と酸味が加わります。グリーンオリーブとケッパーが塩気を、酢漬けのグエロ唐辛子が酢の酸味と香りと少しの辛さを運びます。黒レーズンは、その中でちらりと甘みを添える役です。オリーブとケッパーは先に水で洗い、塩を足すかどうかはソースを味見してから決めます。
Larousse の筆者は、このソースを子どもの頃に見た、多くの材料を重ねた家庭料理として覚えています。そして、近ごろはただのトマトソースに簡略化されがちだと感じているそうです。これは一人の料理人の見方で、ベラクルスのすべての台所の話ではありません。それでも、次に挙げる材料が一つひとつ役目を持っている理由はよくわかります。
この料理に使える食材・調味料
道具
- 切り身をソースに入れて煮られる、広い鍋またはソースパン
- トマトの湯むき用の2〜3 Lの湯を沸かす大きな鍋
- 氷水を入れるボウル
- ざる
- トマトの汁と種を受けるボウル
- ふた付きの浅い非反応性の容器(魚に塩をして冷蔵するため)
- じゃがいもを返したり、魚にソースをかけたりするトングまたはスプーン
- 魚のいちばん厚い部分を測る中心温度計(あれば便利です)とフォーク
選び方と代用
魚。 レシピは、厚さ1 cm以上のウアチナンゴの切り身を6枚(各150 g)、または魚1尾と書いています。丸ごと1尾の場合の重さも加熱時間も示されていないので、この記事では切り身で作ります。Larousse の筆者は、使える魚として pargo、cabrilla、chucumite、robalo、escolar、bruja、rock fish も挙げています。これらは現地や市場での呼び名で、日本を含む他の国でどの魚に当たるのかは確かめられていません。
レッドスナッパーが手に入らないときは、厚さ1 cm以上の身のしっかりした白身魚の切り身が、編集部としての提案です。たとえば日本のマダイがその一例です。同じ魚種ではないので、脂ののりも風味も食感も仕上がりも変わります。どの魚でも、薄い切り身は選ばないでください。Larousse の筆者は、薄い切り身はソースの中で崩れやすいと注意しています。
唐辛子。 酢漬けのグエロやカリシージョは、辛さだけでなく、この料理の酸味、香り、色も決めます。辛さは商品ごとに違います。見つからずに別の酢漬け唐辛子を使うなら、辛さ、酸っぱさ、漬け汁の香りが変わると思っておいてください。この料理を別の作り方で紹介するレシピには酢漬けハラペーニョを使うものもありますが、それは別のレシピの選択で、この版が代用品として挙げているものではありません。
オリーブ、ケッパー、オレガノ。 種抜きグリーンオリーブとケッパーは塩水の塩気を持っているので、洗って水気を切り、ソースを味見してから塩を足します。レシピにはただ「オレガノ」とあります。メキシコのオレガノと一般的な地中海のオレガノは同じものだと考えないほうがよく、どちらを使うかで風味は変わります。
トマト。 十分に熟したものを選んでください。レシピは jitomate bola、または完熟の guajillo トマトを挙げています。ほかの品種を使うと、ソースの酸味と水分が変わります。任意の砂糖に手を伸ばす前に、まずは熟したトマトから始めましょう。
この料理には魚が入っています。オリーブ、ケッパー、酢漬け唐辛子は、パッケージのアレルゲン表示と、同じ製造ラインなどに関する注意書きを確認してください。ごはんを添える場合は、別の皿に盛ります。
魚を崩さず、ソースの味を整える
大事な確認は三つです。厚い切り身を選ぶこと。塩を足す前にソースを味見すること。そしてタイマーを信じ切らず、魚のいちばん厚い部分で火が通ったか確かめることです。
| 問題 | 考えられる原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 魚が崩れる | 切り身が薄い、または鍋の中で動かした | 厚さ1 cm以上の切り身を使う。ソースに入れたら、混ぜずにソースをかける |
| ソースが平板で酸っぱい | 果肉が煮える前に汁を入れた、またはトマトが熟していなかった | 汁を入れる前に、果肉の生っぽい味が抜けるまで煮る。砂糖は、トマトが本当に酸っぱいときだけ。次はもっと熟したトマトから始める |
| ソースが塩辛い | オリーブとケッパーを洗わなかった、または味見の前に追加の塩を入れた | オリーブとケッパーは洗って水気を切る。追加の 1 tsp の塩は任意なので、味見をしてから加える |
| 5〜7分たっても魚が半透明 | 切り身が厚い、または魚がとても冷たかった | もう少し煮て、63°Cか、不透明でフォークでほぐれる状態をもう一度確かめる |
| 辛さが想像より強い、または弱い | 酢漬け唐辛子は商品ごとに違う | 出す前に唐辛子を味見する。レシピのように皿の脇に添えれば、食べる人が自分で加減できる |
ソースで煮るか、別に火を通すか
Larousse の筆者は、伝統的な鍋では、丸ごと、または大きな切り身の魚がソースの中で煮られ、風味をソースへ移すと書いています。一方で、レストランでは魚を別に調理してからソースをかけることが多いとも述べています。どちらが「正しい」というわけではありません。ソースの中で煮れば、魚の風味がソースに移ります。別に調理すれば、身の形を保ちやすく、ソースの色もきれいに保てます。このレシピは、ソースで煮る方法です。
知っておきたいバリエーション
- 魚の風味をソースに移す: 上の作り方です。公開レシピに従っています。
- 見た目をきれいに保つ: Larousse の筆者がレストランのやり方として書いているとおり、魚を別に調理してからソースをかけます。出典に分量や時間は書かれていないので、自分で見きわめる必要があります。
- オーブンで仕上げる: Epicurious に載っている Sergio Remolina の別のレシピは、魚をライム汁に漬け、トマト、オリーブ、ケッパー、レーズン、酢漬けハラペーニョ、じゃがいもを使い、オーブンで仕上げます。丸ごとの魚と切り身で加熱の指示も違います。作るなら、このレシピの分量や時間と混ぜず、そちらをそのとおりに作ってください。
- 別の魚を使う: レッドスナッパーが手に入りにくい場所では、マダイのような身のしっかりした白身魚が現実的です。同じ魚種ではないので、脂、香り、食感の違いは覚悟してください。
- 辛さを調整する: 唐辛子の種類や本数を変えれば辛さは変わりますが、唐辛子がもたらす酢の酸味と香りも変わります。辛さを控えたいなら、辛みの弱い酢漬け唐辛子を探してください。公式の代用品といえる品種はありません。
1952年の料理書に残るベラクルス風の魚料理
テキサス大学サンアントニオ校図書館(UTSA Libraries)の特別コレクション La Cocina Histórica には、Pescado a la Veracruzana の1952年のレシピが紹介されています。Josefina Velázquez de León の料理書『Cocina Mexicana de Abolengo』のものです。このレシピでは、魚の切り身をトマト、オリーブ、ケッパー、酢漬けハラペーニョ、香辛料と一つの鍋で調理します。同書の序文は、ヨーロッパの料理をメキシコの習慣に取り入れることを述べていて、当時の料理書が自分の方針をそう説明していたことがわかります。
このレシピは、料理がどう書き残され、時代とともにどう変わってきたかの記録です。料理が始まった場所の証拠として読むべきではなく、ベラクルス全体の唯一のレシピでもありません。また、コレクションの書き起こしには重複や欠落があり、英訳とも完全には一致しません。そのため、その分量は上のレシピにはまったく使っていません。世界ごはん紀行ではメキシコのほかの料理も紹介しています。
残りものと食べ方
調理後に残ったら、すぐに冷蔵庫に入れてください。安全な保存期間は確認できておらず、温め直したときの状態も試していないので、この記事ではどちらも案内しません。手順6の魚の火通りの目安は、最初の加熱に対するもので、残りを温め直すときのものではありません。
食卓では、レシピ自体の盛りつけはシンプルです。1人に切り身1枚、じゃがいも3個、たっぷりのソース、酢漬け唐辛子1本。別の器に盛るプレーンな白いごはんは、レシピに含まれない任意の付け合わせです。
よくある質問
ウアチナンゴの代わりに使える魚は?
ウアチナンゴはレッドスナッパーと訳されます。手に入らなければ、厚さ1 cm以上の身のしっかりした白身魚の切り身が編集部の提案で、たとえばマダイです。同じ魚種ではないので、味も食感も少し変わります。ソースの中で崩れやすいので、薄い切り身は避けてください。
魚を別に火を通して、ソースをかけてもいい?
はい。Larousse の筆者は、レストランではそうすることが多いと書いています。魚は形を保ちやすくなりますが、魚の風味がソースに移る量は減ります。公開レシピも、この記事も、魚をソースの中で煮ます。
酢漬けのグエロ唐辛子が見つからないときは?
別の酢漬け唐辛子でも作れますが、辛さ、酸っぱさ、香りは変わります。別のレシピには酢漬けハラペーニョを使うものもありますが、それはこの版とは別の作り方で、この版が挙げている代用品ではありません。
ソースが酸っぱいけれど、砂糖を入れる?
レシピには、トマトがとても酸っぱいときの選択肢として砂糖 2 tbsp が入っています。まず、トマトの果肉の生っぽい味が抜けるまで煮られているか確かめてください。次回は十分に熟したトマトから始めましょう。砂糖はいつも入れるものではありません。
魚に火が通ったかどうやって確かめる?
レシピはソースの中で5〜7分としていますが、厚みや鍋で変わります。いちばん厚い部分が63°Cに達しているか、身の透明感がなくなってフォークで簡単にほぐれるかを確かめてください。

















