鍋の油に、水で溶いたカレー粉を流し入れると、じゅわっと音を立てて泡が立ちます。混ぜ続けるうちに水分が飛び、カレーはざらりとした粒に変わって、油がにじみ出てくる。そこへハーブの緑色に染まった鶏肉を一気に入れ、全体に黄色をまとわせます。ふたをして煮込むうちに、スパイスとハーブの香りが台所いっぱいに広がっていく。カリブ海の島国トリニダード・トバゴで、インドから海を渡ってきたカレーが島の味になった一皿、カレーチキンです。薄く焼いたロティで包むようにして食べます。
インドから海を渡った人々と、島のカレー

トリニダード・トバゴのカレーの背景には、19世紀から20世紀初めにかけての大きな移住の歴史があります。トリニダード観光局のサイトVisit Trinidadによると、1845年5月、年季契約労働者としてインドから渡ってきた最初の人々を乗せた船ファテル・ラザク号が島に着きました。インドからの移住は1917年まで続き、14万人を超える人々がこの島へ渡っています。
移住者たちは、新しい労働力であると同時に、新しい文化を島へ持ち込みました。カレーやロティ、ダール(豆の煮込み)は、いまでは島の日常の料理として広く親しまれています。毎年5月30日は、その到着を記念する「インド人到着の日(Indian Arrival Day)」として祝日になっています。Visit Trinidadによると、1994年に祝日となり、1995年に現在の名前に改められました。
トリニダードでは、クミンのことをヒンディー語由来の「ゲーラ(geera)」と呼びます。カレーリーフは「カリプレ(caripoulé)」です。インドの言葉が、いまも島の台所の言葉として使われています。
インドのカレーと同じ材料を使いながら、トリニダードのカレーチキンには島ならではの特徴があります。そのひとつが、肉に下味をつける「グリーンシーズニング」。もうひとつが、カレー粉を油でじっくり炒めてから肉を入れる手順です。どちらも、島で生まれたカレーの作法といえます。
グリーンシーズニングと「カレーを焼く」技法

グリーンシーズニングは、トリニダード・トバゴの台所に欠かせない緑色の合わせ調味料です。トリニダード料理を紹介するサイト「トリニ・グルメ」のレシピでは、にんにく、タイム、シャドン・ベニ(culantro)、チャイブ、しょうがを合わせて作っています。シャドン・ベニは、パクチーに似た香りの葉の細長いハーブで、島の料理の香りの柱になっています。日本では手に入りにくいので、パクチーで代わりに作ります。
もうひとつの特徴が、カレー粉を水で溶いてから熱い油で炒める手順です。トリニダードのレシピサイト「フーディー・ネーション」のレシピでは、カレー粉、炒ったゲーラ、ターメリックを水で溶き、玉ねぎやにんにくを炒めた油に加えて、水分がほとんど飛ぶまで5分ほど炒めます。こうしてカレー粉に火を通すと、粉っぽさが抜けて香ばしさが出ます。
トリニダードには、カレーと同じ鍋でゲーラを主役にした「ゲーラ・チキン」という料理もあります。丸ごとのゲーラを炒って香りを立て、にんにくやカレーリーフと炒めて作る、カレーよりも香ばしい鶏料理です。
途中で見つける、味の決め手
カレーの香りを深くするコツ

トリニダードのカレーチキンで一番大切なのは、カレーを炒める工程です。水で溶いたカレー粉をいきなり鶏肉と煮込むと、粉っぽさが残り、香りもぼやけます。水分がほとんど飛び、油がにじむまでしっかり炒めることで、スパイスの香りが油に移り、煮込んだあとの味に深みが出ます。
クミンは、ホールのものを油をひかないフライパンで1〜2分炒ってから粉にすると、香りが格段に強くなります。トリニダードのレシピで「炒ったゲーラ」が指定されているのは、この香ばしさのためです。
下味の時間も味を左右します。グリーンシーズニングは、鶏肉にしみ込むほど香りが深くなります。4時間で作れますが、前の晩に下味をつけておくと、肉の中までハーブとカレーの香りが入ります。
煮込み中に煮汁が煮詰まりすぎたら、湯を少しずつ足してください。ロティにつけて食べたいなら、煮汁を少し多めに残しておくとよいでしょう。
じゃがいもを足して、ひよこ豆で — アレンジのしかた

鶏肉と一緒に、大きめに切ったじゃがいもを煮込むと、カレーを吸ったじゃがいもがもう一品分のおいしさになります。じゃがいもは2〜3cm角に切り、鶏肉を入れて蒸し煮にしたあと、水を足すタイミングで加えてください。煮崩れたじゃがいもが、煮汁に自然なとろみをつけます。
肉を使わないなら、ひよこ豆の水煮で同じ手順をたどると、トリニダードの屋台の朝食「ダブルス」に使うひよこ豆のカレーに近い味になります。同じ島の料理のカレーの使い方の幅が見えてきます。
よくある質問

カレールーで作れますか?
カレールーは小麦粉と油脂でとろみをつけたもので、トリニダードのカレーとは別物になります。粉末のカレーパウダーを使ってください。
現地ではカレーリーフも入れますか?
フーディー・ネーションのレシピでは、煮込みの途中でカリプレ(カレーリーフ)を1枚加えます。日本では手に入りにくいため今回の材料からは外しましたが、手元にあれば水を足すときに加えると、さわやかな香りが加わります。
辛さを抑えるには?
唐辛子を省くか、青唐辛子を少量にしてください。カレー粉自体の辛さは商品によって違うので、辛くない配合のものを選ぶと安心です。
作り置きできますか?
冷めたら密閉容器に入れて冷蔵し、温め直すときは中心まで熱くなるよう加熱してください。保存日数のはっきりした目安は示せないので、早めに食べきってください。













