山あいの家の台所、冬の夕方。厚手の鍋で豚バラの脂がゆっくり溶け出し、そこへ乾燥した赤唐辛子が色を移していきます。立ちのぼるのは、脂の甘い匂いと唐辛子の乾いた辛い香り。ブータンの家庭で作られるパクシャ・パ(Phaksha Paa)は、豚肉と乾燥赤唐辛子、大根を煮込んだ料理で、祝い事の席にも食堂のメニューにも並びます。脂の多い豚肉を使うので、寒い時期に体を温める食べ物として親しまれてきました。豚の脂で煮る赤い一皿と言えば、だいたいの姿が浮かぶはずです。
ブータンの代表料理といえば、唐辛子とチーズのエマ・ダツィです。赤米と一緒に出されるとき、同じ食卓に添えられる肉のおかずがパクシャ・パでもあります。国民食の陰にいるもう一品、という位置でしょうか。日本の台所でも、豚バラ・大根・鷹の爪で作れるので、近い味に寄せられます。気をつけたいのは辛さの量り方と、脂が多い鍋の火加減の二点。下ごしらえ15分、調理50分、合わせて約1時間5分の初級レシピです。ブータンの食卓の並びを知りたい方は、エマ・ダツィもあわせてどうぞ。
最初に気になるのは辛さだと思います。この記事では、鷹の爪6本を「しっかり辛い」家庭向けの目安にしています。辛いのが苦手なら4本、種を抜けばさらに穏やかになります。参考にした英語のレシピは、1ポンド(約450g)の豚肉に乾燥赤唐辛子2〜3本ですが、日本の台所向けに豚400gに6本をしっかり辛い標準としました。これは編集部の調整です。辛さは本数と種で決めるのが基本で、種ごと煮ればそのぶん辛くなります。
ブータンの食卓と由来|山の台所で豚の脂が溶けるとき
ブータンの食卓の真ん中にあるのは赤米です。玄米に似た食感で、ナッツのような風味があり、高地で育つ唯一の米の品種とされています。赤米が主食とはいえ、土地によって顔ぶれは変わります。ブムタン地方ではそば、東部ではとうもろこしが食べられ、米は全国で食べられています。肉は牛(ヤク)、乾燥牛肉、豚、豚の脂、羊。寒い季節には、肉や米、ワラビ類、レンズ豆、乾燥野菜のスープやシチューに、唐辛子とチーズで味をつけた料理が好まれます。
その中で豚は、脂を多く含む部位がよろこばれます。寒い時期にとりわけ重宝されるのは、脂が冬の熱量になるからです。乾燥や燻製にした豚肉を使う料理もあり、冷蔵庫のなかった時代の保存の知恵が背景にあるという説明も見かけます。ただ、パクシャ・パ自体の起源や歴史は、はっきりしていません。ここでは、暮らしの中で育ってきた冬の煮込みとして受け取っておきましょう。
綴りは Phaksha Paa のほか、Phagshapa や Phagshaphu などとも書かれ、揺れがあります。Wikipedia は Phagshaphu を「豚肉、大根、唐辛子」の料理として載せています。現地のメニューや検索で見かけたら、同じ系統の料理と思ってください。
近い仲間に、乾燥豚肉と唐辛子を合わせた Sikam Paa(シカム・パ)があります。別の料理で、sikam は日光で乾かした豚バラ肉のことです。ほかにも、豚とほうれん草の Noshahuentsu、豚と米の麺の Phagshaphintshom など、ブータンには豚肉の料理がいくつもあります。
チベット料理にも、豚肉と大根の煮込み Phagshapa が英語圏で紹介されています。ブータンとの関係については、ここでは何も言えません。
家ごと、土地ごとの違いもあります。青菜を加える家庭が多いようで、ほうれん草やかぶの葉が入ります。ジンジャーやほうれん草、ほかの野菜を加えるとする出典もあります。ブムタン地方名物のそば団子ホエンテ(hoentay)と一緒に食べる例もあります。ブログ「The Food Dictator」には乾燥豚肉(ジャーキー)を足す作り方がありますが、これは筆者のアレンジで、標準のレシピとは別物です。唐辛子も生を使う版と乾燥を使う版があり、この記事は乾燥赤唐辛子を中心にした版です。
途中で見つける、味の決め手
失敗したときの戻し方
つまずきの原因は、たいてい脂の出方と水の量、唐辛子の焦げのどれかです。水は後から足せるので、足りないときはあわてず少しずつ足してください。症状から引いてみましょう。
| 症状 | 原因 | 戻し方 |
|---|---|---|
| 豚肉がぱさつく | 強火で長く煮た | 弱火にして水50mlを足し、蓋をして10分 |
| 煮汁が脂っぽく重い | バラの脂が多い | 表面の脂をお玉で大さじ2〜3すくい取る |
| 辛くて食べられない | 種ごと煮た・本数が多い | 水100mlと大根を追加、またはご飯・ゆで卵を添えて薄める |
| 辛さが足りない | 鷹の爪が少ない | 鷹の爪を刻んで加え、5分煮る |
| 大根が硬い | 切りが厚い・煮時間が短い | 蓋をして弱火でさらに10分 |
| 唐辛子が苦い | 炒めで焦がした | 取り除けるものは除き、水を足して煮直す |
日本の台所で作るときの選び方
豚は日本のバラ肉で十分です。現地では脂の多い豚が使われるので、こちらではバラを選びます。大根は日本のものが現地の味に近く、辛みのある先端を使うと、ほんのり辛くなります。乾燥唐辛子は日本の鷹の爪が近いのですが、辛さが強めなので、鷹の爪は本数で調整します。韓国唐辛子(粗挽き)を使うと穏やかになりますが、風味は変わります。
赤米は白米に混ぜて炊くと、色と風味が出ます。ない場合は玄米か古代米で代用できますが、風味はやや変わります。アサフェティダと花椒は任意で、入れると香りが深くなります。ギーがなければバターで。味の方向が少し変わります。
手軽なアレンジもいくつかあります。辛さ控えめにするなら、鷹の爪4本の種を抜いて使い、仕上げにこしょうを足します。乾燥豚肉を使う現地の味に寄せたいなら、市販のポークジャーキーか燻製ベーコンを足すのが手です。100g足します(The Food Dictator 筆者のアレンジを参考にしました)。青菜は、ほうれん草、青梗菜、かぶの葉に替えられます。ヴィーガン版は、本格的には勧めません。豚の脂が味の核だからです。
食べ方と保存
赤米ご飯にかけても、おかずとして横に置いても食べられます。エマ・ダツィなど、ほかの料理と並べるのも楽しい食べ方です。冷蔵で3日保存でき、冷めると脂が固まりますが、温め直すと戻ります。翌日は味がなじむので、多めに作るのもよいでしょう。温め直しは、水大さじ2を足して弱火で5分。冷凍は大根の食感が落ちるため、おすすめしません。
よくある質問
Q1. 豚バラ以外の部位でも作れますか?
肩ロースを混ぜる手があります。出典でも肩ロースを使っています。ただ、脂が少ないとコクが減ります。
Q2. 乾燥唐辛子の代わりに生の唐辛子でもよいですか?
ししとうや青唐辛子を加える方法があります。辛さと風味は変わります。ししとうの使い方は、エマ・ダツィの記事を参照してください。
Q3. 赤米が手に入りません
玄米、古代米(赤米・黒米ブレンド)、白米でも作れます。
Q4. 辛さはどのくらいですか?
標準の6本は「しっかり辛い」仕上がりです。4本なら中辛、種を抜くとさらに穏やかになります。
Q5. アレルギーはありますか?
主な材料に特定原材料はありません。ギー(乳)を使う場合は、乳アレルギーに注意してください。市販のスパイスは、原材料表示を確認しましょう。













