小皿がいくつも並んだレバノンのメゼの食卓に、熱々のじゃがいもが運ばれてきます。メゼは前菜にあたる小皿料理のことで、バタタ・ハラもその一皿です。黄金色に色づいた角切りの芋に、刻んだ緑のパクチーが散らされ、皿の脇には切ったレモンが添えてあります。熱いうちに芋をにんにくと香草で和え、食べる直前にレモンをぎゅっと搾ると、湯気と一緒に酸っぱい香りがふわっと立ちのぼります。熱いじゃがいもにレモンを搾る、その瞬間がこの料理のいちばんのごちそうです。
バタタ・ハラは、レバノンで親しまれているじゃがいも料理です。外側にこんがり焼き色がつき、中はほくほくと柔らかく、味の組み立てはにんにく、パクチー、唐辛子、レモンです。この記事のレシピは家庭向けに調整した配合で、4人分の副菜としてじゃがいも900gを使います。下ゆでをしてから220℃のオーブンで焼き、全体で約60分です。生のパクチーと乾燥したコリアンダーシードを両方使いますが、この二つは別の香りです。乾燥した種だけで生葉の風味を置き換えることはできないので、焼き色と香草の香りを、それぞれ別の材料で重ねていきます。
北レバノンの食卓では、魚の隣にじゃがいもがある
にんにく、パクチー、レモンが重なった芋は、フムスや葉物のサラダといった温かい小皿にも冷たい小皿にもよく合います。メゼの食卓では、そうして何皿かを行き来しながら食べるのが楽しみ方の一つです。レバノンの料理家Mariam Nabboutは、自身の出身地である北レバノンでは揚げ魚にこの芋を添えると記しています。あくまで本人の地域についての記述で、レバノン全土や全家庭の習慣として読むものではありません。日本の献立に置き換えるなら、焼き魚の隣に添える手もあります。これは家庭での献立の提案で、現地に焼き魚の習慣があるという話ではありません。熱々の一皿を主菜の脇に置くだけで、魚に添える一皿として食卓がぐっと華やぎます。
名前から味を想像してみましょう。現地のアラビア語では「بطاطا حرة」、英語表記では「Batata Harra」と書き、意味は「辛いじゃがいも」です。それでも、唐辛子を入れない配合を紹介している料理家もいます。名前に辛さが入っていることと、唐辛子を省いた作り方が成り立つことは、矛盾しません。辛さの強さに、ただ一つの正解があるわけではないのです。辛さは加減できると考えて、好みで調整してください。レモンの酸味も、生葉の青い香りも、にんにくの存在感もあります。辛いだけの料理として作ると、この皿の魅力は半分しか出ません。なお、この料理がいつ、誰によって生まれたのかは、ここでは扱いません。
パクチー、シラントロ、コリアンダーの生葉は、どれも同じハーブの呼び名です。一方、コリアンダーシードは同じ植物の種を、調味料として使うものです。砕いた種は柑橘を思わせる香りがあり、生葉はもっと青々とした香りがします。バタタ・ハラの配合には種を入れるものもあれば、生葉とにんにくを中心にしたものもあります。生葉が苦手だからといって、種の香りまで苦手とは限りません。逆に、生葉が苦手な人が種なら必ず好きだとも言えないので、二つは別々に考えてみてください。
家庭ごとに揚げるか焼くかが違っても、仕上げの香りは後から
料理家の配合には、大きく三つの作り方があります。一つは、揚げた芋を別に作った香味油へ戻す方法です。もう一つは、下ゆでした芋を揚げ、最後の1分でにんにくとパクチーを加える方法です。そして、オーブンで焼く版もあります。どれも油脂と加熱方法の違いで、家庭ごと、料理家ごとの差と見ておくのがよいでしょう。全部が同じ食感になるわけではありませんし、オーブン版が伝統の唯一の正解というわけでもありません。今回は、下ゆでした芋だけを焼き、別のフライパンで香味油を作ります。にんにくを220℃のオーブンで芋と同じ時間だけ焼くと焦げてしまうので、香味油は別に作るのがこの作り方の要です。
| 方法 | 芋の仕上がりと調理上の違い | 日本の台所で選ぶ場面 |
|---|---|---|
| 下ゆでして揚げる | 芋を揚げ、香味材料は終盤に加える | 揚げ物の油と片付けを扱えるとき |
| 揚げた芋を香味油に戻す | 芋と香味油の加熱を分ける | にんにくの色を別に確認したいとき |
| 下ゆでしてオーブンで焼く | 天板に一層に広げて焼き色をつける | 大量の揚げ油を用意せずに作るとき |
香草や油脂の使い方にも幅があります。生パクチーを中心にした配合のほか、コリアンダーシードやギーを使う料理家のオーブン版もあります。Great British Chefsが紹介する料理開発版には、ディル、パセリ、トマトペースト、ターメリックも入ります。これは英国の媒体によるアレンジで、レバノンの特定の地域の伝統として読むものではありません。今回の基本材料は、パクチーの葉、コリアンダーシード、にんにく、レモン、唐辛子です。このあとに出てくるアレンジは、家庭向けの提案として区別してください。こうした配合にも家庭差があることを知っておくと、自分の台所に合わせて整えやすくなります。
途中で見つける、味の決め手
日本で置き換えるときは、葉と種を別に考える
生のパクチーが苦手なら、パクチー20gをパセリ20gに替えるアレンジができます。ただ、パクチー特有の青い香りは残らないので、同じ味を再現できたとは言えません。パセリは風味の変更と受け止めてください。コリアンダーシードは種ならではの香りがあるため、葉を替えても別に使えます。種も苦手なら省いて、にんにくとレモンの芋として食べてみてください。ドライの葉を使う場合、20gを生葉20gと機械的に置き換えることはできません。葉の水分と食感が違うからです。
唐辛子を買うときは、赤唐辛子だけのフレークを選びます。七味にはほかの香りが加わりますし、チリパウダーは混合調味料の場合があるので、原材料を確かめてください。赤唐辛子のみを選ぶと、にんにくや生葉の香りを邪魔しません。辛さを控えるなら小さじ1/4にするか、なしにもできます。辛さを増したいときは、盛りつけたあとで少量ずつ足し、全量の油を作り直さないようにします。レモン汁45mlは、無糖の瓶入りでも家庭では代用できます。添えるレモンは生の果実を使います。ただ、同じ香りや品質、在庫を保証するものではありません。
| 家庭向けの変え方 | 4人分での変更 | 基本の皿から変わるところ |
|---|---|---|
| 辛さを控える | 唐辛子を小さじ1/4または0にする | にんにく・葉・レモンは残る |
| パセリで作る | パクチー20gをパセリ20gへ替える | 青い香りの種類が変わる |
| 粉のコリアンダーを使う | 種小さじ1を粉小さじ1/2へ替える | 粒感を失い、焦げやすいので終盤に加える |
| パプリカの色を添える | 甘口パプリカパウダー小さじ1/2を終盤に加える | 辛さではなく色と風味を足す |
| レモンを別添えにする | 香味油への30mlを省き、合計45mlを食卓で分ける | 表面を濡らすタイミングを食べる人が選べる |
この表の5案は、日本の家庭向けに考えた配合変更です。特定の地方の呼び名や伝統として紹介しているわけではありません。パプリカを足すのは料理家にも見られますが、基本のレシピに必須の材料ではありません。この一皿のために、調味料を何種類も揃える必要はありません。
小皿を足して、メゼの食卓に

バタタ・ハラは、香味油と芋が合わさったらすぐに食卓へ運びます。くし形のレモンを添えておけば、酸味は食べながら好みで足せます。和えたら熱いうちにというのが、この一皿の約束事です。メゼの組み合わせとして、料理家の紹介にはフムスやタブーリが挙がっています。温かい芋の隣に、滑らかな豆のペーストと葉物のサラダを並べると、食感の違いが引き立ちます。
日本の家庭なら、焼き魚や焼いた鶏の副菜にするのもよいでしょう。現地でいつもこの献立になるという意味ではありません。芋900gを4人で分ける副菜なので、ごはんやパンの量は食べる人の食欲に合わせて調整してください。酸味と辛さは、レモンを別添えにして、唐辛子も食卓で足せば、一人ひとりの好みに寄せられます。
よくある失敗と、残ったときの扱い
芋が崩れる、焼き色がつかないのはなぜ?
同じ芋でも、逆の失敗が起こります。下ゆでで柔らかくしすぎたり、強く揺すったりすると、形が崩れます。次回は竹串を刺したとき、中心に少し抵抗が残る段階で止め、油はやさしくまぶしてください。反対に、水気が多かったり、天板で芋が重なっていたりすると、焼き色がつきにくくなります。しっかり乾かして一層に広げ、追加で焼く場合も、芋だけの段階で行ってください。崩れてしまった芋を元の角切りに戻すことはできません。その場合は、柔らかい別の食感の料理として仕上がると考えて、盛りつけましょう。次回の下ゆでの合図は、水気と重なりを減らすことです。
辛くしすぎたら戻せますか?
油全体に混ざった唐辛子を、完全に取り除くのは難しいものです。はじめは辛さ控えめの基本量、小さじ1/4から始めるのがおすすめです。強くなりすぎたときは、別に火を通した無調味の芋を足して分ける方法がありますが、加熱の手間と量が増えます。レモンを大量に足しても、辛さは消えません。子どもや辛いものが苦手な人に出す場合は、唐辛子を0にして、食卓で追加できるようにしておきます。
作り置きと温め直しは?
当日の献立なら、芋を焼き終えてから香味油を作り、配膳の直前に和えます。作り置きにすると、焼きたての食感とは同じになりません。残りは浅い清潔な容器に分けて、速やかに冷蔵します。目安は1〜2日ですが、必ず安全という保証ではありません。浅い容器で速やかに冷蔵してください。温め直しは、200℃のオーブンで5〜10分を出発点にして、量に合わせて調整します。焦げないように見ながら、中心まで熱くしましょう。電子レンジを使う場合は、食品の中心が74℃以上になっているかを確かめてください。保存後は芋の食感が弱まります。生のパクチー5gとレモン15mlを足すなら、新しく用意した任意の案として加えます。保存できる日数を延ばす効果があるわけではありません。
生のパクチーとレモンは流水で洗います。生の肉や魚に使った包丁やまな板を、洗わないまま共用してはいけません。調理後の食品は2時間以内に冷蔵します。周囲が32℃を超える場合は1時間以内です。冷蔵庫は4℃以下にして、冷めるまで長く室温に置かないでください。条件を超えて置いた残りは、温め直しても安全になるわけではありません。食べずに処分してください。
アレルギーがある場合は?
基本の配合にはギーもバターも入りません。使う油や調味料は、製品の表示を確認して、自分のアレルゲンを除いてください。ギーやヨーグルトを足せば乳由来の成分が入りますし、フムスにはタヒニ(ごま)が、パンには小麦が含まれる場合があります。付け合わせの材料も確かめましょう。植物性の料理だからといって、アレルギーが起きないという意味ではありません。器具の共用による混入にも注意が必要です。
栄養の目安
1人分の概算は、約220kcal、たんぱく質4g、脂質10.5g、炭水化物36.4gです。計算には、じゃがいも900gのうち廃棄率10%として可食部810g、油45mlを約41gとして全量、にんにく20gを4等分したものを使いました。主要材料からの概算で、香草、レモン、少量の調味料は含まれていません。付け合わせは含まないので、フムスやパンを添えるときは別に考えてください。生の成分値で計算していて、調理中の吸油や水分の変化を実測した数字ではありません。実際の摂取量は、皮のむき方、鍋に残る油、盛り分け方によって変わります。











