白いクリームの高い壁を、黒い削りチョコがぐるりと覆い、てっぺんには赤いチェリーがいくつか。ナイフを入れると、断面には濃いココア色のスポンジ、つやのあるチェリー、淡いクリームが並び、クリームからはキルシュヴァッサーの澄んだ果実の香りが立ちのぼります。黒・白・赤の取り合わせは、黒い森地方の観光局もこのケーキの顔として紹介していて、ドイツ国外でもよく知られたドイツ菓子のひとつです。
黒い森のチェリーケーキは、キルシュの香りで決まる
守りたいのは4つです。サワーチェリーの酸味、コクのある乳脂肪のクリーム、はっきり感じられるキルシュヴァッサーの果実蒸留酒の香り、そしてダークチョコレートのほのかな苦み。どれかを甘いものに替えると、ケーキの輪郭がぼやけてしまいます。
ドイツ語では Schwarzwälder Kirschtorte、「黒い森のチェリートルテ」と呼びます。ドイツの食品安全当局(ニーダーザクセン州の LAVES)は、その中核をスポンジ(ビスキュイまたはヴィーナー・ボーデン)、クリーム、チェリー、はっきり感じられるキルシュヴァッサー、削りチョコと説明しています。大事なのは最後の点で、キルシュは隠し味ではなく、このケーキをこのケーキにしている要素のひとつです。
この記事のレシピは、ドイツの公共放送 WDR が公開しているパティシエ、マルセル・ゼーガー氏のレシピに沿っています。26cmのリング型で、卵7個のココアスポンジを焼いて3枚にスライスし、チェリーは自身の煮汁でとろみをつけ、キルシュ入りのクリームはゼラチンで固めて、最後に生クリームと削りチョコで仕上げます。英語圏でいう Black Forest cake とは近い関係ですが、ここで作るのはキルシュヴァッサーの香りを前面に出したドイツ式です。スイスの Zuger Kirschtorte(ツーガー・キルシュトルテ)とは別のケーキです。
この料理に使える食材・調味料
道具
- 26cmのトルテリング(同じ大きさの底取れ型でも可)とオーブンシート
- ミキサーまたは泡立て器と、大きめのボウル
- 目の細かいふるい
- ゴムベラ
- 焼き上がり確認用の竹串
- スポンジを水平に切る長いナイフ
- チェリーのフィリング用の小鍋と木べら
- 刷毛
- ロゼットを絞る絞り袋
- チョコレートを削るおろし器など
選び方と代用の考え方|チェリー、キルシュ、粉とでんぷん
キルシュヴァッサーはリキュールではなく蒸留酒です。サクランボから作る無色透明の蒸留酒で、甘いチェリーリキュールとは別のものです。「キルシュヴァッサー」または「キルシュ」と書かれたボトルを探し、表の表示にかかわらず、砂糖の入ったリキュールではなく無糖の果実蒸留酒であることを確かめてください。甘いリキュールでは糖分が増え、このケーキに必要なシャープな果実の香りがぼやけます。
サワーチェリーが全体の釣り合いを支えます。クリームとチョコの甘さを切るのがこの酸味です。瓶詰や缶詰のサワーチェリーが見つからないときは、酸味のはっきりしたチェリーの缶詰を探してください。甘い缶詰のサクランボや生の甘いサクランボは味が違い、フィリングの水分と酸味も変わるので、味を見ながら砂糖の量を調整します。決まった換算の目安はありません。どれを使う場合も、汁は取っておきます。
粉とでんぷん。ドイツの Type 550 の小麦粉は、日本で売られている薄力粉などとは同じではありません。ほかの小麦粉を使うと、スポンジの食感が多少変わることがあります。Speisestärke はコーンスターチ系の製品を指すので、パッケージの表示で確認してください。じゃがいもでんぷんへの置き換えはすすめません。
ゼラチン。板ゼラチンは「5枚」です。重さは銘柄によって違うため、お使いの製品のパッケージを確認し、その指示どおりに戻してください。
飾りのチェリー。缶詰や砂糖漬けのチェリーで構いませんが、色や甘さは製品によって違います。
キルシュヴァッサーは加熱しないクリームに入れるため、アルコールが飛んでいるとは考えないでください。お酒を避ける方、お子さん、妊娠中の方、運転する予定のある方には、お酒が入っていることを伝えましょう。ケーキには小麦、卵、乳が含まれます。ゼラチン(原料)、飾りのチェリー、でんぷんの表示も確認してください。
つまずきやすい点、切り分け方、保存

ここまでの工程は元のレシピに基づいています。以下の対処法は、うまく仕上げるために加えた一般的なお菓子づくりの技術です。
| 症状 | 考えられる原因 | 対処 |
|---|---|---|
| スポンジが低くて詰まっている | 卵の泡立て不足、または粉を入れたときに泡がつぶれた | 卵はもったりとリボン状に落ちるまで泡立てる。粉類はふるい、少しずつ底からすくって混ぜる |
| チェリー層が流れる | でんぷんが均一に溶けていない、または汁が沸いていなかった | でんぷんをしっかり溶き、実際に沸いている汁に加えて透明になるまで加熱する。チェリーを入れてからは長く煮ず、フィリングは完全に冷ます |
| クリームがゆるい、ゼラチンの粒が残る | クリームやボウルが温かかった、または溶かしたゼラチンが冷たいクリームに当たって固まった | クリームとボウルをよく冷やす。ゼラチンは少量のクリームで温度をならしてから加える。ゼラチン製品は銘柄で違うので、枚数だけが完全な目安ではない |
| 切るとつぶれる | 冷やし不足、またはナイフが引きずられる | しっかり冷やす。長いナイフを温めて拭き、1切れごとに切る |
生クリームのケーキなので、冷蔵庫で保管し、室温に出したままにせず、早めに食べてください。何日もつか、冷凍できるかどうかは、ここでは確認できていません。
地域による違いと置き換え
黒い森の地元でも、このケーキに決まったレシピはひとつではありません。
| レシピ | 土台と層 | キルシュヴァッサーの入れ方 |
|---|---|---|
| WDR(この記事のレシピ) | 26cmのリング型。ココアスポンジ3層。とろみをつけたチェリー。タルト生地の土台なし | クリームに入れる。スポンジにはチェリーの汁を塗る |
| Hochschwarzwald Tourismus | 28cmのリング型。薄いムルブタイク(Mürbeteig、練り込みタルト生地)の土台にサワーチェリーのジャムを塗り、卵8個のスポンジを3層にしてチェリーとクリーム(1.5L)を重ねる | そのレシピの指定による |
| Schwarzwald Tourismus | 28cm、16切れ。スポンジ、サワーチェリー、クリーム、削りチョコ | しみ込ませるシロップとチェリーの両方に使う |
Hochschwarzwald のレシピは、トートナウベルクの伝統ある宿 Gasthaus Engel の料理長アルフレート・ボッホ氏の家庭レシピとして紹介されていて、組み立てにはリングの使用がすすめられています。ムルブタイクの土台とチェリージャムのおかげで、切り分けやすく、甘酸っぱい果実の風味も増します。観光局はこれを「オリジナル」と呼んでいますが、それは同局が掲載している特定の家庭レシピという意味で、唯一の正しい版の証明ではありません。
調整の考え方をいくつか挙げます。
- キルシュは主にクリームに。このレシピのやり方で、酒の香りを強く保ちつつ、スポンジに水分を与えすぎません。
- シロップにもキルシュを。Schwarzwald Tourismus のレシピのやり方で、アルコール感はかなり強まります。上の分量に混ぜずに、別のバランスの版として考えてください。
- 酸味の弱いチェリーを使うとき。決まった数値に従うのではなく、フィリングの味を見て砂糖を調整します。
- お酒なしで作るとき。チェリーの汁を中心にしっとりさせ、風味づけすることはできますが、同等の置き換えではありません。キルシュヴァッサーの香りはこのケーキを決める要素のひとつなので、できあがりは「黒い森風チェリーケーキ」と呼ぶほうが正直です。LAVES は、標準の構成要素と異なるものに「nach Schwarzwälder Art」(黒い森風)といった表示を使うことを説明しています。ただし、これは市販品の表示に関する背景で、自家製ケーキの呼び方を決めるものではありません。
このケーキの由来|いくつもの説があり、結論は出ていない
よく目にするのは、1915年にバート・ゴーデスベルクで菓子職人のヨーゼフ・ケラーが考案したという話です。ほかにも、黒い森の伝統的な帽子ボレンフートの色にちなむという説や、名前を地域のキルシュヴァッサーに結びつける説があります。黒い森の観光局自身もこれらを確定した歴史ではなく物語として紹介していて、ニーダーザクセン州の食品安全当局 LAVES も、考案された正確な場所と時期は確認されていないとしています。どの話も知っておく価値はありますが、事実として受け取らないのが無難です。
地域がこのケーキとはっきり結びつけているのは、材料のほうです。Schwarzwald Tourismus は、南部の黒い森に、キルシュヴァッサーとクリーム、甘酸っぱいチェリーを合わせた「Schwarzwälder Crème(シュヴァルツヴェルダー・クレーム)」があったと説明しています。またこのケーキを地域のカフェで供されるものとして紹介し、トートナウベルクでのケーキ祭にも触れています。これらは観光団体が語る地元の伝承ですが、キルシュ、クリーム、酸味のあるチェリーがなぜ一緒になるのかを考えるヒントになります。
名前にある「Schwarzwälder」は「黒い森の」という意味で、「Kirschtorte」はチェリーのトルテのことです。このケーキの色の取り合わせ(黒・白・赤)が、地域の帽子ボレンフートの色と結びつけて語られることがありますが、これもあくまで説のひとつです。
よくある質問
キルシュヴァッサーとは何ですか?
サクランボを蒸留して作る無色透明の蒸留酒です。甘いチェリーリキュールではなく、このケーキではクリームの中ではっきり感じられることが大切です。甘みをつけたリキュールを使うと、甘さも香りも変わってしまいます。
甘いサクランボの缶詰で代用できますか?
使えますが、甘さが増して酸味が弱くなり、フィリングの水分量も変わることがあります。まずは酸味のあるチェリーを探してください。甘いものを使うときは、フィリングの味を見て砂糖を調整します。
タルト生地の土台は必要ですか?
このレシピでは不要です。WDR の版はココアスポンジ3層だけです。Hochschwarzwald のレシピでは、チェリージャムを塗った薄いムルブタイクの土台が加わりますが、これは地域のバリエーションで、必須ではありません。
お酒なしで作れますか?
チェリーの汁を中心にしっとりさせれば、同じ作りのチェリーケーキはできますが、このケーキを特徴づけるキルシュヴァッサーの香りは失われます。シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテではなく、黒い森風のチェリーケーキと呼ぶのが適切です。
どれくらい前に作っておけますか?
組み立てたケーキは、リングに入れたまま、仕上げのクリームを塗る前に最低1時間冷蔵庫で冷やします。その後も冷蔵庫で保管し、早めに食べてください。具体的な日持ちの日数は、ここでは示していません。
ドイツの料理ではケーゼシュペッツレも、ドイツ語圏の菓子を比べるならアップフェルキュッフレもご覧ください。
















